第5話 メッセージ
ロックは今年で10歳の年だ。
しかしまだ入学先は決まっていなかったが、
当の本人は焦ることもなくゆったりと過ごしていた。
しかしエミリ奥様はそれを許さなかった。
「ロック!入学先が決まってなくても準備はしなくちゃならないんだから」
そう叱責した。
私とロックは旅路支度をする為、百貨店やらを回っていた。
帰路につく頃には陽も落ちていて、
私は久しぶりの二人でのショッピングに満足感を覚えていた。
暗い街中を点々と疎に設置されている街灯が薄く照らす。
光源が充分に足りていないので脇の舗装された道を歩いた。
アーノルド銀行のちょうど横で道の真ん中に何やら盛り上がりがある。
その物体が人であると認識できたのは随分と近づいた時だった。
しかしそれが死体であると分かったのは一瞬だった。
胸に刺し傷があり、道路には多少の血痕があった。まだ乾いていなかったので犯人は近くにいるかもしれないと思ったがロックは落ち着いた様子でじっくりと死体を観察していたので、
理由もなく安心できた。
顔面は死後硬直で悲痛な叫びを上げたままだった。
奴隷商では病死体は山ほど出たが他殺体は初めてだったので
思わず狼狽える。
一方なロックは「切り裂きジャックかよ」とにやにやと呟いて
楽しそうな様子だった。
そして頻りに周辺の道路を見て回り最後にまた死体に戻って匂いを嗅いでいた。その後満足したのか。
「警官を呼ぼうか」
と穏やかに言った。
――――――――――――――――――――――――
次の日。
事件がキャベロン新聞によって報じられたのは二人目の犠牲者が出た後だった。
『ウェストミンスター宮殿の横で死体が?!連続殺人事件として捜査開始』と大きく見出しを飾っていた。
内容はこうだった。
被害者はロンドン・セントラル地域で起きた殺人事件の指名手配犯のバルク・ロドスだと判明。傷口からはアーノルド銀行の事件と凶器が同じである可能性が高い事がわかった。死体状況から死亡してからは5時間ほど経っており、死亡推定時刻は0時。
ロンドン警察は連続殺人事件として捜査を開始した。
――――――――――――――――――――――――
私はその日の夕方、ロックの指示でロンドンで過去起きた横領事件の資料を図書館から借りてきていた。
その記事には、ロンドン北部にあるノーザン製鉄所での横領事件について記されており犯行に及んだアンダース・ミラノは現在も行方が分かっていない。さらに写真もなく、当時の風貌がどことなく表現されているだけだった。
「あの、これって事件に関係あるんでしょうか?」
私が質問すると、あるよと短く答えて
「昨日死体をみて分かったことを教えてくれ」
唐突に言った。
とりあえず分かりましたと言って、昨日の事を思い出しながら話した。
刺殺体。
白の長袖シャツはボロボロで茶色く汚れていて異臭を放っていたズボンも同様だった。
左手首に巻かれた腕時計は故障品でガラスにヒビが入っている時刻は12時ジャストで止まっていた。
歯は黄ばんでいて並びもズタズタ。
左指先だけ黒ずんでいた。
まさしくホームレスだった。
こんなところです。一呼吸つく。
「すごいじゃないかよく観察しているよ」
ロックは青い瞳を瞬きさせないで言った。
私は恥ずかしくなって思わず目を逸らした。
ロックは飄々とした表情で続けた。
「補足すると。右手首に40mm幅の跡が残っていたのと左手にの肘には火傷の痕が薄くあった。体臭は余りない。それと足跡は二人分しか残っておらず単独犯の可能性が高い」
「そんなとこまで見ていたんですね。それらの状況証拠から犯人を特定できるのでしょうか?」
ロックはゆっくりとかぶりを振って言った。
「人物の特定は難しいが、犯人からのメッセージが分かる」
メッセージ?
「どんなもので誰に向けてですか?」
興味を駆り立てられた私は、立場を忘れて質問する。
ロックは気にした様子はなく丁寧に答えた。
「犯行の予告だ。特定の人物には向けてないと思うが」
「予告?」
「順を追って説明するよ」
さて。と間を置いて、いつものように人差し指を立てた。
声を落とし機密事項を明かすように話しだす。
「最初の違和感は情報の多さだった。犯人は丁寧に色んな痕跡を敢えて残している。事件を解く者がメッセージを受け取れるようにね。
まず血痕は乾いておらず殺害現場はあそこで間違いない。そして犯人の足跡から単独犯だと推測できるが、この際人数はさして重要ではない」
人物を特定する訳ではないからだろう。
「痕跡を敢えて残していると言ったが分かりやすかったのは、被害者の装いだ。誰がどう見てもあの死体はホームレスに見えるが、僕から言わせればホームレスに見せたいと言うミスリードを誘う意思がはっきり感じとれた。
これはこの被害者の人物の特定を少し困難にする為だ。
衣服から悪臭がするのに体臭は余りしない。
歯は黄ばんで並びも悪いがボロボロというわけではない。
最低限の生活は送っているという考えに至るのは至極当然だ。
そこでこの被害者の特定が鍵となるが、それも難しいことではない。指先が黒い。石炭だ、褐色を呈していたから亜炭か褐炭。炭化の度合いが低く、水分を多く含んでいるモノ。それから火傷の痕。粗末な石炭で熱を扱っている製作所はロンドンでは一つしかない」
「それがノーザン製鉄所ですか」
「そうだあそこから生産される鉄の質は最悪だからな
前世にはない会社だったがロンドンを周回してよかった 」
一度巡っただけで記憶していることの異常さをツッコミそうになったが口には出さず先を促した。
「そして左手首に巻かれた時計だ。彼は左利きなのは、石炭の付着と火傷あとが左手にあることから分かる。だが普通時計は逆につける。それを裏付けるように右手には40mm幅の痕が薄ら残っていた。つまり犯人がわざわざ右手から左手に付け替えた。
それが犯人が丁寧に痕跡を残していると確証付けたんだ。
時計に注目させるようにね。では時計が表すものとは、僕は犯行時刻だと考えた。この推測は今朝の記事で確証づけられた。犯行を予告していると。では場所の予告は?
決定的ではないが帰納的推理に基づけばある程度は絞れる。
固有名詞の頭文字だ。最初の事件では被害者をホームレスに偽装してミスリードを誘う。被害者はアンダース・ミラノで現場はアーノルド銀行の横。次の事件では建物の名称でミスリードを誘っている。被害者はバルク・ロドスで現場はウェストミンスター宮殿だ。つまりA,Bだ」
私は言わんとすることを理解して相槌の代わりに言った。
「ビッグ・ベンですね」
「そうだ。頭文字の関係性。これは明らかに狙ってやっていてその上気づかせるための痕跡を敢えて残している。そうなると次に事件が起こるのはcから始まる場所で時刻は0時だろう」
私はそこで一つ分からないことが出てきた。
「時刻はどこに残されていたんですか?二人目の被害者は腕時計をしていませんでした」
「一番でかくて目立つところに時計があるだろう」
私はハッとした。そうだビッグ・ベンは時計台であった。
しかし時計は止まっていない。つまり二人目の殺害時刻が次の時刻になるのか。
ただこの推察の確証は得られない。だから決定的ではないと言ったのだ。
「これは加害者からのメッセージと確定できている。
それらを踏まえて頭文字がcから始まり、近場で尚且つ名の知れた会社という条件が揃う。そしてそれは一つしかない『キャメロン新聞屋』だ」
ロックはつまり。と言って結論づける
「犯人からのメッセージはこうだ『明日0時にキャメロン新聞屋に来い』」
私はあの死体と記事から得た推論。
そしてそれから導き引き出された結論を前に理由もなく不安を募らせた。
英国の名探偵に憧れて @Man8
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