第4話 買い物

ロックは七歳。私が十二歳になる頃にはロンドンの8割は巡っていた。

常に付き添っていた私と御者のセバスは共にロンドンについて詳細になっていた。

ロックが10歳になるまでにはロンドン制覇できるだろう。

しかし私は何故ロンドン中を巡るかと不思議がっていると

 

ロックはこう説明した。


「こういうのは地誌学・地理学の分野だ。特定の地域の特徴を捉えてその地域の性格を理解するんだ」


分かったかい。と言って満ちたりた顔で去っていった。

全く分からなかった。一体何の役に立つんだろうか。

 

――――――――――――――――――――――――

 

私はロックの部屋を訪れ一緒に昼食を食べた。

時折私の身体を舐め回すように見るロックの視線。

私はムスッとした口調で悪態つく。


「あまりジロジロ見ないでください。食べにくいです」

「いや、すまない。観察していたんだよ」

「観察ですか?」


ロックはその問いに頷いて、口の中の食べ物を飲み込む。

 

「つ、つまりなんです?」


説明不足だ!というニュアンスを含めてそう言った。

ロックはパチンと手のひらを合わせて

 

「一つ見せてやろう」


ロックは得意になってまた人差し指を立てた


「そうだな、今日は買い出しに行ったんだな……八百屋か。

 これは自信はないが毛量の濃い男が苦手だろ?」


淡々と述べるロックに思わず顔を顰めた。


「見ていたんですか?」

「いや観察だよ。君の状態から推察しただけさ」

 

彼は今日も部屋に篭って読書に耽ていたのだ。

そんな馬鹿なと口にする前にロックは続ける


「君のメイド服の裾先端に付着した黄土色の土を見れば屋敷から二ブロック先の市場へ行ったのは分かる。あそこの土地は肥沃な土が盛り出していて特徴的だ。では何故裾に着いたのか。転けたり跳びっちった土が付着する時にはそんな規則正しく先端だけに着くのは不可能だろう。そうなると残る可能性は落とした物を拾おうした時だ。しかし市場には大きめのバッグを持っていき買った品を入れる作業は店側がやる。そこで一つの可能性が浮かび上がる『手渡された物を落とす』だ。この場合大抵サービスで、一つおまけというやつだな。そんな気前のいいことを奴隷のお前にする奴はあの市場では腕毛をどっさり蓄えた八百屋のおっちゃんしかいない。その時に落とした理由はあくまで予想だ。だから自信がなかったがお前の反応を見るに正解だろう」


そこまで捲し立てるように言うと。

ロックは水をぐいっと飲んだ。

私は感嘆の声を漏らすだけで、呆気にとられていた。

しかし私は冷静さを取り戻し反論した。


「落とし物を拾った可能性を考慮してません」


するとロックは笑いながら答えた

 

「エミリ、自分が奴隷なことを忘れたのかい?」

「あ、そうでした」


私も笑った。

八百屋の主人との交流ですっかり忘れていた。

奴隷が他人の私物に触るのを良しとする一般人はいない。

(だから品物を入れるのは「店側」なのだ)

その事実は私が一番身に染みていたのだ。


「それからアメリアをあんまり恨んでやるな。あれは奴隷が誰しも通る道らしいからな」


ロックは呟くように言った。

私は困惑が重なった。

それを察したのかロックは続けて言う。


「アメリアを見る時のお前の目はすごいぞ……。あれは俺じゃなくても気づく。誰しも通る道って言うのは文字通りの意味だ。奴隷としての身分を自覚させるための習わしだ。もちろんアメリアも通ってきた」


私はその事実を上手く受け入れられなかった。

だからどうしたって話だ。

そう思った矢先ロックは被せるように言った。


「まあだからどうしたって話だけどな。暴力行為を行なった事実は消えない。ただ怒りの矛先を変えることは可能だ」


全てを見透かされている気がした。

私はやり場のない怒りをどこに発散するか迷っていたのだ。

しかし見透かされている事実を気味が悪いとは思わなかった。

寧ろ安心したのだ。


ロックは青い瞳を輝かて私の眼球を抉る。

私は目を逸らさなかった。

 

「何処にぶつけるんですか?」

「もちろん国だよ」


スケールの大きさに一瞬冗談に思えたが、彼の言動に冗談がないことはもう理解していた。

"私の怒り"は"奴隷の怒り"は一体どんな形で国にぶつけるのだろう。

私は聞こうとはしなかった。

彼もまだ答えを出していない気がした。

ただ忠実に仕えようとそう決心したのだ。


ああ、今思えばこの時に止めておくべきだったのかも知れない。

 

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