第3話 才能
2年も経つと仕事には慣れたが、奴隷の扱いは、いつまで経っても慣れなかった。
サルのような赤ん坊もいつしか人間に成長していた。
外見は母親譲りの美形で瞳の色は父親と同じ澄んだ青色だ。
しかし歩けるようなったロックはしきりと本棚に向かうようになり気づくと本を沢山広げて少し面倒だった。
さらに2年が経過してあっという間に教育期間の4年が過ぎた。
カーティス様からは合格という言葉を貰ったが嬉しさはなかった。
アメリアからの解放が何よりの喜びだった。
ロックも4歳になって発音も完璧になりよく会話するようになった。しかし5つも離れているとは思えない言動でしはしば圧倒される。子供の体躯から考えられない眼光は少し不気味に思えるほどだった。
ただ、立場を弁えてないその明るい振る舞いは少し救われた。
「いらっしゃいますかロック様。昼食をお持ちしました」
「ありがとうアリス。そこ置いといて」
「また本を読んでいらしたんですね」
雑に積み上げられた本の間を縫って部屋の奥へと入っていく。ロックはいつも何か読んでいた。
史書であったり小説であったり時には地図を広げていた。
「アリス。ここってロンドンなんだよな」
ロックがボソッと質問する。
視線は地図に落としたままだ。
「はい、そうですが」
そう答えると。
ロックはおかしいなと頭を掻いた。
「どうかなさいましたか?」
「前世の歴史との差異が多々あるんだよ」
「前世、ですか?」
時折口にするその単語を私は毎度説明を求めるが、
ロックはそれをあしらう。
「ところで
ウェストミンスター宮殿、スコットランド・ヤード、カンタベリア大聖堂、ロンドン塔この中で実在しない建物はあるか?」
質問をはぐらかされ少しムッとしたが気さく対応する。
「スコットランド・ヤード、カンタベリア大聖堂は聞いたことがありません。ロンドン塔はもちろん知っていますよ。それと同等の建築物でしたら、アーノルド銀行は立派ですね。ロンドンの大手金融屋です。それからキャバロン新聞が発行しているロンドン紙の売上はイギリス全土でもトップに躍り出ます。ウェストミスター宮殿といいますとビッグ・ベンですよね」
首肯した後
顎に手を当て地図と睨み合いながらぶつぶつと言った。
「アーノルド銀行とキャバロン新聞なんてもの無かったな」
「…………」
「歴史的に重要な出来事はそのままで。その他は概ね何かしら変化があるな」
「どう違うのですか?」
理解が追いつかず虚のようになる私はとりあえず話を合わせるように質問する。
「18世紀に奴隷解放戦争なんてものはない。そもそも奴隷制度の全盛期ってなんだ。それに奴隷制度撤廃は19世紀初頭なんだ。建物も全然違う。もしかしてロンドン橋もないのか?」
「いえ、ありますよテムズ川の上を架ける唯一の橋ですから」
「法則性は無さそうだな」
ふむと思慮深く頷くと
まずはこの世界のロンドンを知らなければと立ちがあった。
「アリス。セバスに言って馬車を用意させて!」
よく分からないことをぶつぶつ言った後、
ボルテージを急に上げるロックに私は苦笑するしかなかった。
「分かりました。すぐ支度します」
「わくわくしてきたな!」
私は髪を耳にかけて微笑む
「そうですね」
――――――――――――――――――――――――
次の年のその日の晩御飯は豪勢だった。
ロックの兄。
つまりマーシャル家時期当主のロベルト・マーシャルがロシアの学校への入学を決めた。
その祝いの席だった。といっても、私達が食べれるわけではない。
メイドは壁際に立っているか、飲み物の汲むかだった。
基本マーシャル家では10歳になると留学させられる。
ロックはあと5年したら家を出るが私はそこでお役御免とはいかずそれに同行する。
途中、エミリが明るく問いかけた。
「ロックは最近本を読み漁っているけど建築業の勉強をしているのかしら」
ロベルトの表情が一瞬曇った。
当主争いは珍しいことではなかったからだ。
しかしロックはきっぱりとかぶり振った。
「後継ぎには兄さんがいますからね。文学書を主に読んでいます。もちろん多少の建築様式については勉強しました。微力ながら兄さんをサポートしたいと思いまして」
兄を立てる物言いはおよそ5歳児とは思えないものだった。
「あら、そうなの?ではこの屋敷について何か語ってもらおうかしら」
その言葉に嫌味類の含みはなく冗談めかしていた。
しかしロックはわざとらしく咳き込んでから人差し指をピンと立ててから話し始めた。
「そうですね。まず建物が対称性を持っていてどの角度から見ても美しいです。正面の2本の柱を見ればパラディオ様式だと気づきその柱頭は古代ギリシャ時代のコリント様式を用いてアカンサスの模様が象っています。つまりこの建物はヨーロッパの建築の歴史が詰まった素晴らしいものだといえます」
私は思わず息を呑んだが、他の者達も目を丸くしていた。
さっきの気の使った喋りもそうだったが私が5歳の頃に同じことが出来ただろうか?
そうだ私はこの屋敷を初見して紅色の横長長形と表現していた。
私は彼が不気味という認識を改めるには充分な出来事だった。
彼は天才なのかもしれない
天才は理解されない不気味なものであるから。
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