第2話 奴隷

マーシャル家の次男専属奴隷として購入された私は重い足取りで屋敷に赴いた。

 

その年。

次男として生まれた男の子。

名をロック・マーシャルという。


当時の私は経済的理由で4歳という年齢で親に売られた。

イギリス・ロンドンでは奴隷制度全盛期であり、

その上奴隷は年齢が低く容姿が優れているものには相当の値がついた。

 

数年前に「奴隷解放戦争」が勃発したが、政府によって敢えなく鎮圧された。

それを危惧してか教育できる幼い奴隷が好まれた。


マーシャル家は建築産業を生業としていた。

ロンドンでは名の知れた名家である。

――――――――――――――――――――――――

 

遠目に大きな屋敷が見えた。

その所有する広大の土地は天然の芝生で覆われており細部まで手入れがいき届いていた。

舗装された道を辿って中央の噴水を抜けると、ようやく玄関先まで到着した。

近くで見るとこれまた圧巻で、正面にニ本の柱が構えており、紅色のコンクリートで包まれた横長長方形のその建物は思わず見とれてしまうほどだった。


背が低く髭の濃い男がノックをして呼びかける。

その男は付き添いの奴隷商人だ。

開かれた扉からは、黒を主体としたメイド服の使用人が出迎える。

年は30半ば。顔は整っているが鋭い目つきから黒い瞳を覗かせいて、そこはかとなく冷たい視線を放っていた。

名をアメリアという。

メイドは基本奴隷か奴隷上がりなので性を持たない。

 

経済的取引が終わると男はさっさと帰って行った。


アメリアは「着いてきなさい」と短く命令して踵を返して中へと入る。

玄関を潜るとそこには吹き抜けたホールがあった。

壁には絵画などの装飾が施されていた。

中央真っ直ぐ進むと階段があり左右にに枝分かれしている。

どちらから行っても辿り着くことができる、

階段の位置とは真反対つまり玄関の丁度真上に在る部屋へと案内された。

いくつかの部屋を通り過ぎて目的地に着く。


アメリアは扉を叩きハキハキと言った。


「カーティス様。先日購入された奴隷が到着しました」

「入れ」


室内から低い声が聞こえた。

アメリアは「失礼します」と言ってから丁寧に扉を開け一礼してから横に捌けた。

私はオドオドしながらも釣られて頭を下げて、ゆっくりと中へと入る。

中央に座る男の周りには、執事のような格好の線が細い男と私より少し年上のメイドがいた。

メイドは多分第一子の専属奴隷だろうと思った。


「よく来た」

 

そう口にした男はマーシャル家当主のカーティス・マーシャル。

年は40後半くらいで髪はブラウンのオールバック。青い瞳に鼻下の髭が印象的だった。

威圧感のある表情での開口一番が歓迎であったので、少し戸惑いながら応える。


「買っていただきありがとうございます。精一杯頑張ります」


 ああ。と短く答えてから説明するように言った。


「お前は今年生まれた次男の専属だ。我が家に恥じない働きをしてくれ、と言ってもまだ5歳。そこでアメリアをお前の教育指導者として4年間そばに付ける」


アメリアを横目で一瞥したが既に決定していたことなのか表情に変化はなかった。

次にカーティス様はアメリアに言った。


「四年で仕上げろ」

「かしこまりました」


そう言うと下がれと命じ机の書類に目線を落とした。

少し間が空き、そうだ。と再び顔をあげて少し考えてから言った。


「お前は今日からアリスと名乗れ」


――――――――――――――――――――――――


その後アリスはアメリアに次男のいる部屋へと連れられた。

二階の右手にある部屋に案内される。

中に入ると赤坊とそれを抱く美しい女がいた。


「奥様いらしたのですか」


アメリアは至って静かにそう言った。


その女はマーシャル家当主の妻であり、名をエミリ・マーシャル。

黒く艶のある髪は白い肌を強調させるようで瞳の色もまた黒い

さらに黒を基調としたドレスを装い、その統一感から美しさを成しているのだと思った。


「ロックの様子を見に来たの。見てこんなに可愛いの」

 

黒とは対照的にそう明るく声を弾ませる。


あら。と私に気づいたエミリ奥様が私の頬に手を当てて言った。


「あなたがロックのメイドさんね!何て可愛い子なのかしら。綺麗な金髪だわ。羨ましい」


私を動揺し言葉を少し詰まらせた。


「あ、ありがとうございます。光栄です」

「緊張しているのね。これからロックをよろしく頼みますね」

 

エミリ奥様はロックをベッドに戻し部屋を後にする。

私は思わず安堵して肩の力が抜けたのを感じる。

奴隷とはもっと酷い扱いを受けると思っていたからだ。

その後アメリアは至って静かに言った。


「今日はこの部屋で休みなさい。今晩は私の部屋でロック様を預かります。明日午前6時から早速仕事です」

「分かりました」


その晩は久しぶりのベットで深い眠りについた。

しかし私はその後奴隷の現実を目の当たりにするのだった。


そこからの日々は地獄だった

形式的な仕事は子守だったが、その他労働作業が絶え間なく続いた。

掃除・洗濯・料理・教養座学

しかも何かと難癖をつけられアメリアは私を厳しく叱責した。

暴力を受けるのは珍しくなかった。

露出しない箇所への打撃でその陰湿さからアメリアのストレスの捌け口にされていると思った。


使用人仲間は沢山いたが皆んな殺伐としていて和気藹々な職場では決してなかった。

 


買い出しへ行く時には大きめの袋を持っていく。

奴隷は奴隷と分かるように肩に家名が分かる腕章を付けなければならなかった。

町人の対応は想像以上に酷く、時には土下座しなければ物を売って貰えないこともあった。


唯一心が休まるのは子守の時間だった。

ロックは滅多に泣かなかった。

ご飯と用を足した時に短く"鳴く"ぐらいだ。

少し気味が悪かったが疲れている肉体と精神を休めるのには都合が良かった。

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