さよなら

ゆかり

さよなら

 美亜には三分以内にやらなければならないことがあった。

「お昼ご飯、どこ行く? 何食べたい?」

 運転中の翔太の問いに答えなければならない。

 今、本当に食べたいのは自宅でお茶漬けだ。


 毎週末、翔太がドライブに誘ってくる。そして繰り返されるこの質問。

「うーん、そうねえ。なにがいいかなあ?」

 そうやって考えるふりをしながら探りを入れる。翔太のこの質問は美亜の食べたいものを聞いているようで実は違う。翔太の食べたいものを当てなければならないのだ。質の悪いことに翔太自身、そんなつもりは全くない。その上、翔太は自分でも何が食べたいか判らないのだ。にもかかわらず、それを当てなければならない。

 これは出題者も正解を知らないクイズだ。


 仮に美亜が前から気になっていたお店に行ってみたいと思っていても、口には出さない。以前はそれほど考えることもなく提案していたのだが、もうあきらめた。

 例えば、お洒落な今話題のレストランを提案しても

「ああ、あそこって女の子が多くて落ち着かなそうだよね」

 例えば、カレーが食べたいと言ってみても

「カレーは昨日食べたしなあ」


 要するに、今、翔太が食べたいものを当てなければならないのだ。

「考えつかないな。翔太は何が食べたい?」

 そう聞いたこともあるが

「僕? 僕は何でもいいよ。美亜に合わせるよ」

 そう言うのだ。だんだん腹が立ってきて黙りこんでいると

「食べたいものも決められないなんて優柔不断だなあ」

 などと言ってくる。翔太はそれで会話を楽しんでいるつもりなのかもしれないが、この時間の居心地の悪さと言ったら!

 そして最近、わかってきたのは三分。だいたい、『何食べたい?』の質問から三分以内に正解を出さないと優柔不断だの、何も考えてないだの、からかっているのか何なのか居心地最悪の時間が始まる。

 食事はいつも翔太のおごりだ。美亜は平日は会社でお弁当だから、外食できるのは週末だけ。本当は自分でお金を払って自分の好きなものを食べたい。しかし翔太には何だかこだわりがあって、必ず翔太がお金を払う。


 思い返せばあの居心地の悪い会話も以前は楽しめていたような気がする。つまり翔太の事がもう好きではないのだ。

 好きでもないのに付き合い続けるのと、嫌いになったから別れるのと、どっちが裏切りになるのだろう? 

 美亜は思う。

 好きでもないのに好きなふりして付き合う方が悪質な裏切りではないのか、と。


 美亜は別れを決意した。

 次の週末に電話で別れを告げよう。くどくど話したところでどうなるものとも思えない。できれば三分以内の通話でけりをつけよう。

 話の趣旨は『さようなら』それだけなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら ゆかり @Biwanohotori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ