キュービー三分間クッキング
さくらみお
第1話
キュービーには三分以内にやらなければならないことがあった。
三分以内にドライカレーを作りながら、兄を殺した犯人を見つけなければならないのだ。
キュービーの兄は色んな大人の事情があってここでは絶対に名前は言えないが、超有名人だった。
彼の名を付けた冠番組まであり、三分で簡単で美味しい料理を伝える、カリスマ的存在だったのだ。
そんな人気者の兄が殺された。
理由は不明。
ただ、兄はキュービーにダイニングメッセージを残していた。
亡くなった先週の土曜日の放送終了後、兄からレシピの添付付きのメールが届いた。
『この夏野菜のドライカレーを作れ』と。
意味が分からず返信しようとした所、番組スタッフから兄が放送終了後、スタジオで突然血を吐いて亡くなったと電話が来たのだ。
最愛の兄との別れを悲しむ間もなく、非道な番組スタッフは瓜二つのキュービーに代役を願い出た。
ちょうど「兄の印象が強すぎる」という理不尽な理由でケチャップ会社をリストラされたばかりのキュービー。
気乗りはしなかったが、代役を承諾し、兄の残した遺言でもあるドライカレーを作り、彼を殺した犯人を探し出して復讐することを誓った。
翌、月曜日。
某テレビ局の某スタジオへ向かうキュービー。
サングラスにセーターを肩に掛けた、もはや天然記念物に近い『ザ・プロデューサー』が「キュービーちゃ〜ん、今日からシクヨロ! 放送が終わったらギロッポンにシースー食いに行こうぜ」と肩を慣れ慣れしく叩いてきた。
兄が亡くなったばかりで楽しく寿司なんか食っていられるかと思いつつも、会釈だけしておいた。
控室へと向かい扉を開ければ、そこは四つの鋭い視線がキュービーを見つめた。
そこには、ニンジン、トマト、紫キャベツ、トウモロコシがいた。
どうやら、控室は他の共演者と相部屋らしかった。
四人の共演者はキュービーを見て驚き怯えた。
きっと兄だと思ったのだろう。
動揺する共演者に、弟であることを説明すれば、全員、それぞれ何やら考え込んで無言になってしまった。
そんな気不味い雰囲気をぶち壊してくれたのは、AD(アシスタントディレクター)。
「本番五分前です! スタジオ入りお願いしまーす!!」
四人の野菜はキュービーを睨みつけながらそれぞれが出て行った。
キュービーは着ていたポロシャツとチノパンを脱いで、全裸になる。
兄はいつも全裸でオープニングにダンスを踊り、その後料理を作っていた。
兄はカリスマな存在だったから、全裸でも性的に映る事なく、むしろその堂々とした姿は多大な好感を得ていた。
スタジオ入りし、共演者の野菜たちに睨まれながら、舞台セットのセンターに立てば「本番五秒前!」とスタッフが声をかけてきた。
軽快な音楽が流れだし、キュービーは踊る。
踊りはいつも兄の姿を見ていたから、完コピしていた。
しかし、その時だった。
キュービーの頭に鈍い痛みが走る。
グラリとふらついて、その場に転ぶキュービー。
転んだキュービーに背後から「オマエも、この放送中に、殺す」とデスボイスが聞こえた。
ハッと振り返れば、平然と踊っている四人の野菜たち。
キュービーは察した。
放送中に犯人を見つけなければ、自分も兄の様に殺される、と。
◆
料理パートが始まった。
今日は夏野菜のドライカレーだ。
アシスタントは野菜たち。
キュービーの料理する作業台だけスポットライトが当たり、眩しすぎる照明のせいでスタッフはおろか、スポットライト外に立つアシスタント達すら見えにくい。
つまり、キュービーからは外野が見えにくく、外野からはキュービーはハッキリと分かる状況なのだ。
これは命が狙われているキュービーにとって、不利な状況だと感じた。
しかし番組は生放送。
グズグズもしていられない。
キュービーはさっそく野菜のみじん切りを始めた。
すると、背後から包丁がキュービーの後頭部を狙って飛んできた。
キュービーはみじん切りをしながら、バク転して包丁を避けた。
さらに休む間もなく包丁が飛んでくるが、キュービーはフライパンでそれらを弾き飛ばした。
(ちなみにここまでで1分)
包丁の嵐が止むと、フライパンを熱してみじん切りした生姜・ニンニク、タマネギとセロリを炒める。その間にもアイスピックがキュービーを襲う。
キュービーは木べらでアイスピックを弾いた。
アイスピックは四方から飛んでくる。キュービーはフライパンの柄をグッと掴むと、
「AD!!」
炒め途中のフライパンを投げ、先程のADにキャッチさせ、そのADは予め用意してあった「炒めたものはこちらです」用の炒め終えた完成形のプライパンをキュービーに投げた。それを空中でキャッチすると、カレー粉、その他調味料をフライパンの中にぶちまけた。
(ここまでで2分)
調味料をぶちまけていると、キュービーに熱された油のシャワーが襲う。
空中だったせいで、キュービーは完全に避ける事が出来ず、腕に数滴の油が当たる。
「っく!!」
焼けつく痛みで思わずフライパンを落としそうになるが、なんとか堪えて、地上へと降り立つキュービー。しかし、足元にも油が塗ってあり、滑ってしまう。
(2分30秒)
フライパンからドライカレーの具が飛び出し、床に落ちてしまいそうになる。
キュービーは、作業台からライスの乗った一枚の皿を掴むとその飛び出したドライカレーの具めがけて投げた。
(2分50秒)
するとライスの上にドライカレーが乗っかり、ブーメランの様に返って来て、作業台に乗った。
完成したドライカレー。
(3分ジャスト)
スタッフからの歓声が沸いた。
「夏野菜のドライカレー、完成です!」
キュービーはドライカレーをカメラにズームさせる。そして出来上がったドライカレーを見て、ハッとした。
それから、背後にいるアシスタントの野菜たちを見て確信した。
「そうか……犯人は……お前か!!」
キュービーは一人の野菜を指差した。
番組的にはエンディングの音楽が流れている。
しかし、放送事故よろしく、キュービーも野菜も踊る事なく、緊迫した雰囲気が流れている。キュービーなんか画面にまるいおしりまで向けて。
番組はそんな中途半端な状態で終わった。
しかし、スタジオ内はキュービーの指差した野菜に注目が集まっている。
その野菜――、紫キャベツは悔しそうな表情を浮かべた。
「な、なぜ、俺だと思ったんだよ!?」
「兄が、教えてくれました」
「ヤツが!? どうやって!?」
「兄は僕にダイニングメッセージとして夏野菜のドライカレーを作る様に指示しました。先ずドライカレーですからタマネギ、セロリ、ニンジン、トマトは必須です。あとは夏野菜です。兄の残したレシピは夏野菜としてナスとコーンを入れる様に指示がありました。さあ、ここまでくれば分かるでしょう? ここにいる野菜の中で、ドライカレーのレシピに登場していない野菜があります……そうです、紫キャベツさん、貴方が犯人です!!」
「く、く、ぐあああっ……ち、ちくしょう!!」
「紫キャベツさん、なぜ、こんな事を……」
「悔しかったんだ! 俺は紫キャベツに生まれた時から、緑のキャベツたちにお前は脇役だと言われて生きてきた。悔しくて、主役になりたくて、俺は汁の滲む努力をして、この番組のレギュラーまで登り詰めた! なのに、お前の兄が、やっぱりキャベツは一般的な緑の方が良いのでは? とかプロデューサーと相談していて」
「そんな、兄がそんな酷いこと……!」
その時、隣にいたニンジンが紫キャベツをビンタした。
「紫キャベツの馬鹿ぁ!! それは誤解よっ!!」
「な、なんだと?」
ニンジンは涙を流しながら、訴えた。
「逆よ! プロデューサーさんが貴方を降板させようとしていたのを、彼が必死に食い止めていたのよ!? 彼は「紫キャベツさんは色鮮やかで華があって、踊る姿は誰よりも美しい」って褒めていたんだから!! なのに……! アンタは馬鹿よ、大馬鹿よ、そんな人を……!!」
「そ、そんな……! 俺は、俺は……! なんてことを……!」
その場に崩れ落ちて嗚咽する紫キャベツ。
キュービーたちは警察がスタジオに到着するその時まで、懺悔する紫キャベツを見守っていた。
紫キャベツは、手錠を掛けられ警察に連行されていく。
キュービーは「紫キャベツさん!」と呼びかけた。
紫キャベツの足が止まる。
「……僕、ずっとここで待っています」
「……」
「貴方が再び帰ってくるまで、ここで3分間クッキングを続けます。今度はもっと楽しく、紫キャベツさんとドライカレーが作りたいです。だから……」
「……ばーか。その頃には俺は
紫キャベツは、最高の笑顔を作り、
「萎びたキャベツでも、一緒に踊ってくれるか……?」
「……もちろんです!!」
ふっと微笑み「ありがとうよ」と呟けば、紫キャベツは警察と共に消えて行った。
キュービー三分間クッキング さくらみお @Yukimidaihuku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。