蒼月の出逢い
あらかたの調べを終えて、鏡一郎はそっと水際から立ち上がった。
今回は、引き潮の日でありながら、ずいぶんと海水が流出した。それと因果があるかは分からないが、専門ではない鏡一郎でも、潮を読みやすかったのは不幸中の幸いだったろう。引いた海水の名残りの気配。それを辿り、読むことで、次に海水が噴き出す位置がだいぶ絞れた。
おそらくは港。
けれど鏡一郎は踵を返さず、そのまま湖を見つめた。
昨夜の渦巻き逆巻く有様からはほど遠い、鏡のような静謐な湖面。それが、秋に色づきかけた木々の梢を映している。
(こんな場所だったのか……)
実際に、己が目で見るのは初めてだった。けれど鏡一郎はずっと、この場所のことを知っていた。
ここで出会ったのだ。
ヨモツオニを切り裂く、真珠色の大太刀。それを手にした、思いのほかほっそりとした神凪の青年。
蒼い月明かりに儚く美しく浮かび上がった、その顔かたち。長い黒髪に、黒みがかった青い瞳。それが、水面のようにさざめいていた。
目を奪われた。たぶんあの時――
(呪われた)
青年は、彼を見下ろし言ったのだ。
『なんだ、子どもか。名前は?』
黙る彼に、笑う玲瓏な声音。秋風のように涼やかで心地よかった。
『口が利けるなら、名を告げてよ。君は、誰?』
口を開く。彼に応えたくてなにか紡ごうとして、けれど――
「鏡一郎」
名を呼ばれ、振り返る。大太刀はなく、髪や目の色は違うが、そこにはずっとずっと前から、よく見知った青年がいた。
「傷はどうした? 回復には、もうすこしかかるだろう?」
「そんなことより、聞きたいことがある」
歩み寄る青年の鋭い菫色の双眸は、八百年前と違って、彼を見上げた。
「鏡一郎。君はどうして、八百年前を知ってるの? 俺を――知ってるの? 君は、誰?」
「ちょうどその答えを、思い出していたところだ」
鋭い
その証拠に、白い柳眉は不審げにひそめられた。
「俗信によると、ヨリシロガミは七度生まれ変わっても呪うそうだな」
「は? 急になに言って、」
「魂の行きどころも、死の果ても、いまだ俺にも分からないが……ひとつ確かに、生まれ変わりというのは、あるのだということは知っている。だから、七度生まれ変わることも、呪われ続けることもあるのだろう」
話を誤魔化すなと、噛みつきかけた語勢を制して続ける。その言の葉が、ひとつひとつ紡がれ繋がるごとに、アタラの顔色がゆるやかに驚愕へと変わっていった。
まさか、と。よもや、と。過っただろう予感に、鏡一郎は答えを与えてやる。
「お前が二の君だった時にここで拾った子ども。あいつが、俺の七度前の前世だ」
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