神凪《かんなぎ》(2)
「え? なにそれ、俺、初耳なんだけど」
飛び込んできたのは軽やかな声。銀色の長い髪。美しい青年が、その菫色の瞳を驚きに瞠っていた。
「やめてよ、なんか俺が悪食みたいじゃん」
「アタラ、控えの間で待てと言ったはずだが」
「ん? でも入っていいって。君よりも、彼よりも、偉い人が言ってくれたからさ」
じろりと突き刺す鋭い視線に、アタラは人の悪い笑みを浮かべた。堂々と足を踏み入れ、客用の応接椅子にどかりと身を預ける。
そんな彼の後ろから、部屋へと顔を覗かせたのは、長い黒髪の可憐な女性だった。その腕には、黒い兎のぬいぐるみを抱いている。
「アタラくんへお土産を持ってきたら、ひとりで控えの間にいるんだもの。寂しいだろうから、一緒にお部屋に入ったらって、勧めておいたの」
「
わたわたと慌てて、柏崎は起立した。熊のようないかつい巨体が、少女のように小柄な女性に、畏まって身体を強張らせるのはどこか面白い。
「土産……とは、アタラになにを下さったんですか?」
問いかける鏡一郎に、天女目は微笑んだ。ふわりと癖のある黒髪が、甘く舞う。
「真珠よ。ヨモツオニを倒した後に残る、真珠」
見れば、腰かけたアタラの手には、可愛らしい薄桃色の小箱があった。そこからつまみ上げた小さな白い玉を、べろんと長く舌を蛇のように伸ばして絡めとり、口に含んでいる。
「もう少し、行儀よく食べろ」
「そこか! そこなのか! 俺は舌の方にびびったが?」
眉根を寄せる鏡一郎にかぶせて、柏崎が叫んだ。
元は人間でも、いまはカミ。身体の作りは、もはや変わっているらしい。
「ヨモツオニの残した真珠は、ツクモガミたちのガワの強度を増す力があるからね。そこはきっと、ヨリシロガミでも同じでしょう? アタラくんには、ひとまず、ガワを強く保ってもらわないといけないから。鏡一郎くんが、喰われてしまわないように」
「はぁ……なるほど。ですが、ということは、中将は、丹内が伴神をヨリシロガミとすることをお認めに?」
がりがりと真珠をほおばるアタラを、ちらりと柏崎は横眼に見やる。天女目は頷いた。
「もう契約してしまっているしね。また封印となれば、支度も労力もかかるし、それに正直――強い力が欲しいのも、たしかだから」
鏡一郎とよく似た、天女目の青い瞳が、悩ましげな微笑をたたえる。
神凪寮は、いつでも人員、戦力不足だ。ヨモツオニは、国のどこにでも現れる。蒼い月が満ちるとともに、溢れていく海の水は、遠く海を離れた山中でさえ吹き出し、ヨモツオニを招いた。
「人々を、国を守るには、ヨリシロガミの手も借りたい。いまは、アタラくんの様子も、とても安定しているから、このまま鏡一郎くんの伴神として、迎え入れようということになったのよ。もちろん、鏡一郎くんには、よくアタラくんの事を報告してほしいけれど」
天女目につられて、鏡一郎がアタラへ目をやれば、彼はちょうど小箱を逆さまに、最後の真珠の一粒を、がりりと齧っているところだった。己が話題もどこか上の空。けだるげに椅子に身を預けている。
そのしどけなくも優雅な姿だけみれば、とても『厄ネタ』とは思えない。けれど、鏡一郎の左目は、反するように鈍く痛んだ。
「……心得ました」
微笑みかける天女目に、背筋を伸ばした敬礼で応える。天女目は抱きしめた兎のぬいぐるみ撫でながら、頷いた。
「今日は本来、非番でしょう? ふたりでゆっくり、皇都でも巡って、親睦を深めていらっしゃい。アタラくんのかっこうは、そのままだと悪目立ちするでしょうから、取り急ぎ、軍のものを一式用意したわ。それを使って」
中将からの好意ある提案を、無下にできる
天女目に謝辞を述べ、上官二人に退出の礼を取る。だらだらと腰を上げる気配のなかったアタラを引きずり、鏡一郎は街へと繰り出した。
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