転生の実

時枝 小鳩(腹ペコ鳩時計)

転生の実

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 何もない真っ白な空間の中で、今、私が握りしめている無花果いちじくみたいなこの果実。

 この『転生の実』を三分以内に食べないと——。


『どうしたの? もう食べないの? ほらほら、三分たっちゃうよ?』


 神と名乗る無邪気な笑顔の少年の前で、まだ半分以上も残った実をぼんやりと眺める。



 —— 食べなきゃ……



 実をまた一口かじる。

 途端、グニャリと歪む私の世界。



 次の生。私は聖女だった。

 今度こそ、かなり当たりの転生じゃない?


 なにせ前回は滅びゆく帝国の皇女だったのだ。

 誰もが平伏す様な美貌に、有り余る財力、私に甘い家族に、完璧な婚約者。


 それで調子に乗らない程、私の人間は出来ていなかった。

 贅沢に溺れ、快楽を求め、当然のように人々を見下し、虐げた。


 この世の春かと思う様な絶頂期は長くは続かず、革命・投獄・そして処刑。


 それで、ジ・エンド。あぁ失敗。



 確かに調子に乗っていた。反省した。


 だから今度は人を助けた。

 貧しい者を無償で癒し、魔物を倒し、結界を張った。

 沢山の人から愛され感謝された。


 でも、純粋過ぎて。善人過ぎて。


 悪人に騙されて。利用されて。


 それで、ジ・エンド。あぁ、失敗。

 


 次の生。私は稀代の天才と呼ばれる魔術師だった。


 今まで失敗続きだったのは、きっと私の頭が悪かったからだ。


 今度こそ失敗しない。

 学んで。学んで。学んで。極めて。


 私の素晴らしい頭脳はこの世のことわりさえも理解した。

 周りが皆、低脳に見えた。

 私の語る言葉を、誰も理解してくれない。

 圧倒的な孤独。


 気が付けば一人、やまいで死んでいた。


 それで、ジ・エンド。あぁ、失敗。


 

 繰り返し、繰り返す、生の中で。

 切り刻まれる、私の魂。

 それでも、実をかじり続ける私。


 ねぇ、どうして?




『あと一分ー! 凄いねキミ。結構根性あるじゃん!』


 私にとってはもう思い出せない程の昔の事なのに、まだ『ここ』では、二分しかたっていないらしい。


『頑張れ頑張れ! 三分以内にこの《転生の実》を食べ切れば、来世はキミの思うがままだよ!』


 来世?

 そんな物の為に私は頑張ってたの?


 もうとっくに生まれて死んでる。

 あれは私の本当の生じゃないの?


 じゃあ、『本当の生』って、なに?




 遠い遠い記憶の中で、私は日本という国の『転生』に憧れる一人の人間だった。


 退屈な日常に飽き、トラックにでも跳ねられてどこか異世界に転生しないかなー、なんて、割と本気で考えていた。


 格差だガチャだと息巻いて。


 本当は自分の才能の無さに絶望していた。



 世の中には才能に溢れた天才が存在して、その天才が努力までする様になって。

 トップ層はもはや人外の戦いだった。

 凡人にどうしろと?


 うっかり努力なんかしてしまった私は、ちっぽけな才能のかけらを持ってしまった私は、その土俵の端っこにうっかり乗ってしまった。


 強過ぎる光は、影なんて作らない。

 私は光に塗り潰された。

 真っ白だった。今いるここみたいに。



 ああ、才能が欲しい。愛されたい。



 泣きながら転生の実をまたかじる。

 


 次は勇者になった。

 長い旅と激闘の果てに魔王を倒した。


 平和になった世界で、政治利用された。

 人間は魔物より怖かったよ。


 また、失敗。



 平民上がりの男爵令嬢になった。

 何故か周りの高位貴族の子息達に溺愛された。ボインか、ボインだからか。

 学園生活は楽しかったけど、気が付けば王子に監禁された。


 また、失敗。




 次は、……次は?




『おめでとー! ジャスト三分! 《転生の実》完食でーす!!』


 気付けば私の手の中は空っぽだった。


 やり遂げたはずなのに、残ったのは何も掴んでいない空っぽな手。



「うわあぁぁぁあーーーん!!」

『うおっ!? 何々ビックリした!』



 何だか悲しくて悲しくて。

 虚しくて腹が立って。

 私は声を上げてわんわん泣いた。



『いやー、泣いてる女の子には寄り添ってあげたいんだけどさ。後ろがすっごい詰まってるわけよ。何? 最近人間の世界では転生とか流行ってんの?』


 自称神の声を聞きながら、私はしゃがみ込んで泣き続ける。


『ま、そういう人間は大体、《転生の実》を数口食べたら、もうお腹いっぱいですって言うんだけどね。お残しは許しませんぜーっ!って言いたい所だけど、僕は鬼じゃなくて神だし。許してあげてるんだ』


『僕って優しいでしょー?』なんて場違い発言をしながら、少年の姿をした神が私の方へ歩み寄って来る。


『でね、たまーに君みたいに根性で《転生の実》を三分で食べ切るフードファイターが現れるんだけどさ。不思議な事に、食べ切った人間はみんな同じ来世を願うんだよね』


 フードファイターは違うんじゃない?

 と、私の方も場違いなツッコミを心の中で入れる。


 ああ、そういえば私って、こんな奴だった気がするな。


 ふと見上げれば、優しい瞳で私を見つめる少年が、指でトンッと私のおでこに触れた。


『ああ、やっぱり君も選ぶんだね。《始まりの生》ではなくて、《続きの生》を』


 転生の実をかじった時みたいなグニャリとした感覚ではなくて。

 暖かい光に包まれる様な感覚で、体がフワリとする。

 


『根性も程々にね。いってらっしゃい、僕の可愛い子』





 目覚めた私は病院にいた。



『私、何してたんだっけ……。何も思い出せない……』



 なーんて事もなく。


 全部ハッキリクッキリ覚えとるわ!

 あのドSショタ神が!

 めっちゃ美少年だったわご馳走様です!!




「目覚めた患者に『このドSが!!』と罵られたのは生まれて初めてです」


 と、真顔で告げる医者に土下座をかます勢いで謝り倒し、私が目覚めたと聞いて病院に駆け付けてくれた母から、自分の身に起きた事故の詳細を聞いた。



 あの日私は、仕事と両立して寝る間も惜しんで書いた小説が、最終選考で落選した。


 受賞したのはきらめく新星、新人女子高生作家(17歳・美少女)だった。


 そりゃ酒も進むってもんだ。


 やけになって、あろう事か路上で飲酒というモラルのカケラもない行為に及んでいた私のもとに、居眠り運転のトラックが突っ込んで来たらしい。


 マジでトラ転してた。


 いや、どうせなら子供を助けて轢かれるとかしろよ私。恥ずかし過ぎて死ねる。


 いや、もう死ぬのはゴリゴリなんだけども。

 後、数十年は出来ればご遠慮したい。



 とんでもない経験したなー。



 あれは本当にあった事だったのだろうか。


 それとも、昏睡状態の私が見た夢だったのだろうか?




 ……まぁどちらにしろ、私のやる事は変わらないんだけど。




「忘れないうちに、書くかー!!」




 空っぽだった手にペンを握りしめて。


 次にやけになった時は、お酒を飲むんじゃなくて、無花果いちじくを食べようと、そう思った。

 


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