激戦。花弁。少女の名前。


はるか上空から降り落ちた強烈な衝撃が、全面展開した防御魔術を破らんと突き刺さる。

周囲の地面が波打っている。地形が根こそぎ変わっていく。屍の山が吹き飛んでいく。まともに受けていたらきっとすでに、身元も分からぬほどぐちゃぐちゃになっていたであろう一撃。

現在の防御魔術では到底間に合わない。割られる。


「っ!!クソッタレ!!」


右手に持った銃の引き金を、衝撃の中心部に向けて引く。アインの周囲全てをカバーするように展開された壁が、その一点に集まり、より強固な壁を作り出した。

同時に銃身を回転させる。銃の後部から煙が噴き出た。


「吹っ飛べ…!」


先ほど防御魔術を集中させた一点。素早い身のこなしでそこにめがけてまた銃を撃つ。夕暮れ時にはまぶしすぎる閃光が瞬いて、次の瞬間に銃口から放たれた光の砲撃が内側から防御魔術を砕き、衝撃と対峙した。激しいぶつかり合いは風となって周辺にあった建物の残骸をも吹き飛ばす。威力はほぼ互角。しかし、わずかに勝った光の砲撃が、衝撃の主を追い返した。


「!!!」


衝撃の主は、驚いたような表情をしながらも、受け身をとっているように見える。その姿は、やはり先ほどの少女である。

明らかに、戦い慣れている動きだ。

息を切らしながらアインはえぐれた地面の中心、彼のおこぼれで被害を免れた地面に立っていた。えぐれた地面の向こう側でうまく着地した少女が、これまた息を切らして立っている。


「お前、何者だ。」


アインは問うと同時に、さらに銃身を三回、回転させる。また、煙が噴き出る。


「そっちこそ、誰。どうせまた、オハカ荒らしに来た人でしょ。」


「墓?」


思わず間抜けな声が出る。彼女の周囲のどこに墓があったというのか。


「また、集めなおさないといけない。」


少女は後ろを振り返り、無感情につぶやいた。

どうやら先ほどの死体の山のことを、「墓」であると言うつもりらしい。


(おいおい、まるっきりの狂人じゃないか。)


一瞬和解を期待したアインは落胆する。目の前の少女は倫理観も道徳観も自分とはかけ離れている。そういう相手の説得は無意味だ。それは嫌というほど、経験してきた。

無言で銃を自分の側頭部に向けて撃つ。体が軽くなる。時間が間延びして見える。頭がすっきりして、回転が速くなる。身体強化魔術だ。純粋に近づいて攻撃してくる輩には、結局のところ格闘戦で組み伏せるのが一番確実である。

逆方向に銃身をもう一度回して、構える。


「オハカを荒らすのは、ダメ。ダメなことをする人は、敵。敵は殺せって、命令、だから。」


少女が前のめりの姿勢をとる。右足を徐々に引く。3、2、1。

少女が、勢いよく直線軌道で吹き飛んできた。

少女の通った地面が川底のようにえぐれる。衝撃波が周囲に飛ぶ。しかしアインにとってはもう問題ではない。はっきりと、その姿を捉えている。前方向に引き金を二回。集中防御魔術を展開する。それは知っているとばかりに少女が軌道を右にずらし、集中防御をよけてアインの脇に近づく。その勢いのまま回し蹴り。しかしその足は空を切った。鋭い風が吹き荒れる。


「!!!」


アインは先に跳躍し、少女の上空にいた。落ちながら彼女の頭と肩につかみかかる。それをすんでのところで回避した少女は、そのまま落ちてくるアインの脇腹を思いきり殴りつけた。彼の体が勢いよく吹き飛ぶ。しかし、その頃にはもう、彼は銃を構えていた。素早く殴られたほうの反対に銃を二度撃ち、集中防御魔術を壁にすることで自分の体が遠方に吹き飛ぶのを防ぐ。これを予測できていなかった少女は追撃のためアインの横を走り去ろうとしていた。

気が付いた時には遅い。アインが空中で身をひねり、驚いてこちらを向いた少女の横顔めがけて蹴りを放つ。回避は間に合わないと判断した少女は両腕で防御するが、方向が良くなかった。真横の軌道で来ると読んだその蹴りは、叩き潰すように斜め下を向けて放たれていたのである。たまらず少女は地面に叩きつけられる。さらなる追撃を警戒した少女は転がって離脱しようとするが、既に横2方向に集中防御魔術が展開されていた。これでは上下どちらかにしか逃げ道はない。少女は慌てて地面を蹴ろうとするが、その一瞬の遅れ、判断の誤りは致命的であった。アインは一瞬、隙ができた少女に馬乗りし,眉間に銃を突きつける。先ほどの光の砲撃か、別の魔術か、どちらにしろ、少女が逃げるより彼が撃つほうが速い。


「もう負け。私は、殺される?」


少女が、最期に放つ言葉はそれだった。それは、少女の境遇をなにより如実に表すものだった。


「お前は、何者だ。」


もう一度問う。アインは少女を殺したくなかった。少女を哀れんだからではない。彼はごく個人的な理由をもって、もう誰も殺したくはないのである。


(「お前は、生きるんだ。」)


誰かの命を奪おうとすれば、耳にこびりついた呪いが、何度でも頭を反芻するから。


「言えない。言ったら、怖いこと、されるから。」


「そうか。」


覚悟を決めるための時間稼ぎは、あまりにもあっさり終わってしまった。少女はアインから目を逸らす。銃を構える眼前の男に恐怖するように。それは本能的な行動に見えた。

そんな彼女の、欠片だけの少女性が、彼の引き金をこの上なく重くする。


「あれ、花。」


横に目線を映した少女の目に最初に飛び込んだのは、美しい色彩。


「?ああ、あれは俺のだ。」


先ほどの激しい戦闘の余波で、用意してきた手向けの花束はすっかり散ってしまっていた。

しかし奇跡的にも、花弁はほとんど吹き飛ばずそこに留まったままであった。


「すごく、きれい。もしかして、おじさんはオハカマイリに、来た人なの?」


「まあ、、そんなところだ。」


アインは、少し口ごもりながら言う。

本当は、少し違う。あくまで、気分で仲間の弔いに来ただけだ。その行動は墓参りとは似て非なるものであった。そもそも、彼は自分にそんな権利がないことを知っている。


「じゃあ、敵じゃないや。よかった。」


少女はほっと胸をなでおろす。死に際に全く似合わないその柔らかい笑顔は、血と硝煙の中で生きてきたアインにとって、どれだけきれいなものであったろうか。きっと、彼の眼には何より価値を持った宝物に映ったに違いない。彼は、もう少女に銃口を向けることなどできなかった。

アインは立ち上がって一歩引いた。少女の不思議そうな顔を見て、気まずそうに目を伏せる。


「殺さないの?」


それは驚きでも、喜びでもない。純粋で無感情な、ただの疑問符だった。

少女は、命のやり取り以外の世界を知らなかった。


「命令、違反に、なっちゃうよ?」


「それ、もう終わったんだよ。知らないのか?」


アインは少女に向けてぶっきらぼうに言う。もう戦争は終わった。誰でも知っていることだ。そんなことすら知らないこの少女は、あまりにも哀れだった。


「お前は自由だよ。」


彼女は、花の色彩の美しさが分かる。だったら、目の前の少女はアインにとって敵ではない。命を奪う必要なんて、どこにもありやしない。

必死に探した‘‘殺さなくていい理由‘‘。彼はただ、それが見つかって安堵していた。


「自由。」


アインの言葉を、少女が噛みしめるように繰り返す。

聞きなれない言葉だった。しかし少女は、その言葉に覚えがあった。

久しぶりに思い出す。もう顔も覚えていない、たくさんいたはずの―。

自分を囲んで、手をつないで、笑って、歌い踊る人たち。


(「この戦いがもし終わりになったらね、あなたたちは、自由になるのよ。」)


優しそうな人、自分にとって、きっと大切だったであろう人が、私に言う。

なあにそれ、過去の私は尋ねていた。おぼろげな、夢のような記憶。もやがかかったような憧憬の中で、その言葉だけははっきりと形を帯びている。


(「命令がなくなってね。考えたいことを考えて、やりたいことをできるのよ。それってね、とっても素敵なことでしょう?」)


少女は立ち上がる。


「私、レナ。」


「?ああ、あったんだな、名前。」


少女―レナは、そう名乗った後、周囲を見渡す。


「あなたのせいで、オハカ、なくなった。」


終始無表情だったレナの表情が、ほんの少しだけ、アインを非難するようにむくれた。

そして、彼女はアインをまっすぐに見据えた。片方しかない大きな瞳がアインを射抜く。まったく端正な顔立ちである。きっと美しい娘に育つのだろう。彼は柄にもなく、見惚れてしまっていた。


「手伝って、集めるの。」


「は?…え?」


発言の意味が分からなくて困惑するアインを置いて、レナは一瞬で、見えないくらい遠くに移動した。そうしてしばらくすると、どこからともなく遺体を引きずって帰ってくる。呆然とするアイン。そんな彼に、彼女は無表情に言う。


「何してるの、はやく。オハカ、作り直すの。」


「え…?あ、ああ。」


アインは流されてしまった。

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手向けるはずの花からは、ほのかに鉄の香りがした やまりもん @gurimusann

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