第3話 かげ

少年は今日も食べ物を得るために村に出かけるつもりだった。けれども最近は、思いのほか村の警備が厳重になってしまったため、あまり迂闊に手を出せないのだった。少年は盗みを働く前には、必ず写真を見るようにしていた。その行動の意味には彼自身もきっと理解できていなかった、けれども確かなこととして、彼は必ずその手紙をを見て心を安心させていたのだった。それは、盗みという行動と彼の心の善の部分との相反性を看過するためなのか、それとも単なる寂しさから来る衝動なのか、しかし、一つとしていえることは彼は人そのものがきっと好きなのだった。彼は、彼は村の人々が、盗みを失敗した自分に今まで酷い仕打ちをしても嫌いにはなれなかったし、我が子を捨ててまで失踪してしまった父も好きだったのだ。けれども、その感情は真っすぐなものではなく、全く歪なのだと少年はうっすらと自覚していた。要するに彼が抱いている愛情というものは同情に等しいのだった。それは村の人に対しても感じているし、当然父に対してもであり、そもそも自分に向けられるはずの感情であるのだった。けれどもそれには訳があった。少年は、酷い仕打ちをする村の人も失踪した父も、今の時分と何も変わらない同じ人間だと思っていたからであった。それは生物学的に同じということではなくて、人間の性質というものの、本質的なものが全く酷似しているからであった。少年が窃盗をするということは、生活を継続させるということであり、村の人が彼に酷い仕打ちをする、父が失踪する、これらのこともきっと自分の生活を安全に継続させるためであったから、自分が物を盗むときも、父が家から居なくなった時のことも考えると、全く他人事ではなかった。

 少年は小川の斜面から腰を上げる前に、もう一度手紙に目を通した。そして、遠くにある途方もない夕暮れを目に焼き付けて小川を後にした。

 もう風化してしまった、手のひらほどの手紙には「許してほしい」の一文だけが鉛筆で書かれていて、その下の空白には、涙の雫が二滴ほど落ちたようなシミだけがだけ残されていた。

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少年と灰 久保 心 @kuvo

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