第7話・スノボしてみる。(中編)
懐かしい音楽がゲレンデに響いて、意識が現実世界に引き戻された。
いつの間にか辺りは人で溢れている。自分の呼吸の荒さにも気づく。
かなりの深度で集中できていたみたいだ。
分厚い手袋を付けたまま慣れない手つきでスマホを取り出して時間を見ると、もうとっくにお昼時だった。
――悪くない。
良くはないけれど、全然最悪じゃない。最低限のレベルにはたどり着けた気がする。
ようやく掴んだコツは、とにかく恐れないこと。バランスが崩れた時は大転倒を恐れずに思い切り重心を傾けることで、意外と姿勢が持ち直せる。
とりあえず一番下まで滑っておりよう。それからリフトに乗って頂上へ行きもう一度、ちゃんとくだってみよう。それで問題がなければ……杏と一緒に……!
「あ、あぶなぁい!」
視界の降雪と人口密度はどんどん増していった。一層狭くなる肩身をさすっては転び、立ち上がり、転んではさすってを繰り返しながら、とにかくリフト乗り場を目指していると――
「ひゃっ」
――斜め後ろから接近していた女性のスキーヤーさんと激突してしまった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「大丈夫です! こちらこそすみません!」
見た感じ、この人も初心者っぽい……雰囲気がある。私と全く同じ角度でヘコヘコしてるし……。
というか考えてみれば、ぶつかるのって初心者同士だけか。避けるのにも邪魔にならないようにするにもスキル必要だし……。
「もー、何やってんの。ほんとすみません」
知り合い……いや、お友達かな。滑らかな動きで颯爽と現れた方がゴーグルを外し、ペコリと小さく頭を下げた。
「いえいえ! 本当に大丈夫ですから!」
「優しい人で良かったね、ほら、行こう」
「うん。……でも美奈ちゃんこそもっと優しく教えてよ〜スパルタ過ぎるよ〜」
「一緒に滑るんでしょ、明日には八王子帰るんだから頑張って!」
「うぅ〜わかってるよぉ〜!」
言い合いながら、自然と手を繋ぎながら、緩やかなペースで先を行く二人の背中を眺める。
ぶわっと。羨ましさが込み上げて。どの口がそんなこと言えるんだって叱責して。でもめげそうになって。なんか、泣きそうになって。
折れそうになった心のまま重たい視線を前に向けると――まるで導かれたかのように――10メートルくらい先に杏の姿を見つけた。
どうやらそこはひとまずのゴールと定めていたリフト乗り場の近くだったらしく、彼女は慣れた手つきで(なんで?)ボードを外して歩き出す。素人目には上級者となんら遜色ない。
――あれ?
――なんか……杏……困ってる……?
彼女の進行方向には派手な格好をした男性が二人いて、杏は小さいながらもハッキリと拒絶の身振り手振りを見せるも彼らが
――杏。
心のストッパーが、大きな音を立てて壊れた。
×
滑るというよりも、雪を踏み潰し、削り取るように白銀の上を駆け抜ける。
これまでにない疾走感。鼻の奥からツンと血の匂いがした。だけど、恐怖はとっくに、焦燥感に塗り潰されている。
「一人よりみんなの方が楽しいって」
「そうそう、俺たちここ地元だからさ」
「あの、私一人じゃ「あべし!」
「「「っ」」」
ブレーキはうまくかけられず、両膝と両肘を盛大に叩きつけながらなんとか急停止。
会話の内容は殆ど聞き取れなかったけれど、これだけは間違いなく言える。
「一人じゃないです!」
立ち上がることもできないまま、見るも無様な格好のまま吠えると、熱気を帯びた言葉が空気を白く染め上げた。
「この子、一人じゃないです!!」
「クコ……」
「私と一緒です!!!」
這いずりながら杏に移動して寄り添うことで、見た目は正反対でも同行者であることを必死に主張する。
「そ、そう」
「邪魔してごめんね〜」
「それはそれとして大丈夫?」
一歩、こちらに一人の男性が近づくと、今度は杏が私の前に立ちふさがって、降りしきる雪なんかよりもよっぽど冷たい声で言い放つ。
「大丈夫ですので、早くいってください」
「でも」
「早く、行って、ください」
なんか……怒ってる……? なんでこのタイミング……?
「……行こうぜ」
「だな」
突然突っ込んできて大声で喚く私や突然不機嫌なオーラを醸し出した杏に嫌な予感を覚えたのか、男性二人組は足早にリフトの方へ消えていった。
「……」
「あ、ありがと」
杏は私の両足からボードをささっと外し、体中を満遍なく覆っていた雪を払ってくれた。
それから優しく手を引っ張って起立の手伝いまで……。
「あのね、こんな醜態晒して言うことじゃないんだけど、結構上達したんだよ、止まるのはご覧の通りだけど、滑るのは、それなりに!」
されるがままに介抱されながら、面目を保つためにつらつらと言葉を走らせる。
「……」
私の懸命な釈明が届いていないと気づいたのは、ゴーグルの奥の杏の瞳が潤んでいることに気づいたのと同時だった。
「大丈夫? 嫌なことあった? 変な人いた?」
「大丈夫だったよ。でも…………」
「でも?」
「……寂しかった」
「っ」
「クコ、」
人目を。
人目を気にして。と言えない程に、強く。杏は私の体を丸ごと包み込むように抱きしめる。
「一緒にいたいよ。クコの邪魔にならないようにするから。迷惑かけないようにするから。お願い」
「……うん、私もだよ。ごめんね杏。一人にしてごめんね。私……変なプライドのせいで……すごいワガママ言ってたよね。本当にごめんね」
後悔と反省で埋もれるべきなのに恥じらいが勝ってしまい、杏の背中をポンポンと叩いて解放を促す。
「じゃあ……今日も明日も……ずっと一緒にいてくれたら……許す」
「わかった。約束するから、ね、今は離して?」
「……約束だからね」
彼女がそう返事をしてから、更に10秒くらい経ってようやく、私と杏の間に雪風が流れた。
白銀の世界とは相対的に紅く染まった杏の頬は、妖しい篝火みたいな引力があって、思わず手を伸ばしたくなった。
完全無欠の幼馴染が私なんかに告白してくるなんて、相当弱ってるに違いないから元気が出そうなコトをいろいろ試してみる。 燈外町 猶 @Toutoma
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