【KAC20241+】恋するバッファローを前にしたらマタドールの俺は華麗になんて躱せない
尾岡れき@猫部
「明日から、学校で普通に話して良いんだよね?」
あぁ、俺の彼女さんの笑顔が眩しい。めちゃくちゃ、キラキラしている。そして俺に課されたハードルはかくも重い。
以下、自分の気持ちを整理するためのメモである。
俺の彼女は高校生ローカルアイドル。
そんな彼女から告白されたのが、一ヶ月前。
最初は、いわゆる嘘コクかと思ったらマジ告だった。素直にそう伝えたら、まさかの大号泣。その場に誰も居なかったから良かったものの、状況によっては俺が社会的に抹消されかねない。
――室澤君のバカ。バカ、バカ。本当にバカっ
ポカポカ叩かれた。必死に言葉を尽くすが、なかなか泣き止んでもらえなくて。ローカルアイドルは言ってみれば、アイドルの原石。色々な表情で、人を虜にするのがお仕事。でも、この瞬間の姫奈は、演技の表情一切なしで、慟哭したのだ。
――だから、ごめんって。
そう言葉を重ねることしか、俺にはできなかった。
――許さない。室澤君は、どれだけ私は勇気を振り絞って告白したのか、全然分かってない。
ぐすぐすっ、すすり泣きながら、姫奈はそんなことを言う。でも、人生で初めて告白されたんだ。思わず疑ってしまう俺は決して、悪くないって思う。
――本当にごめんって。
何度目かのごめん。何度も胸をポカポカ叩かれて。気付けば、姫奈が俺の胸に抱きついてきて。俺は、本当にどうして良いのか分からない。
――だったら……私もタカちゃんって呼ぶ!
――へ?
みんなが俺をタカちゃんって呼ぶ。でも、それは
――ダメなの?
――ダメじゃ、ない……。
――えへへ。嬉しい。
面々の笑顔を浮かべる姫奈に、思わず見惚れてしまって。
今さらながら、思う。
告白をしてくれたのは、姫奈から。
でも、順番なんかどうでも良いって思うくらいに。俺、姫奈のことが好きになっていたんだって、思う。
「明日から、学校で普通に話して良いんだよね?」
それはつい先刻のこと。
付き合っていたことを隠していたけれど。
満面の笑顔を思い返して。
ノーと言えないのは、きっと惚れた弱みなんだと思う。
■■■
思う。そう思った。思ってはいた。そう思っては……いたんだけれど――。
「タカちゃん、姫さんがずっとタカちゃんを見ているよ」
事の顛末を知る悪友の物言いが憎たらしい。
言葉にすれば、簡単だ。
彼氏、彼女として単純に振る舞えば良い。
別になんてことはない。
なってことはないんだけれど――。
「タカちゃんって、本当にヘタレだよねぇ。昨日も動画配信していたじゃん。カップルチャンネルになってから、登録者が5万人突破でしょ? スゴイよね」
解せぬ。普通はアイドルの彼氏とか、誹謗中傷の種だと思うのだが。
「姫さん、ずっと片想いの気持ちを綴っていたからね。それが両片想いからの両思いとなれば、ずっと応援していたフォロワーも、テンション爆上げだって」
「解せぬ……」
「ま、親心にも近いかもね。姫さん、真っ直ぐだし。それだけ募らせた恋心なら、応援したくなるじゃん。それより、姫ちゃんとの約束はどうするのさ?
」
「いや、流石に教室のなかは恥ずかしいというか――」
「別にイチャイチャしろとか言ってないでしょ? 姫さん、隠さずに同じ時間を過ごしたいって、配信でも言ってたじゃん?」
聞いていたよ。俺、目の前にいたんだもん。
「だったら――」
「……あのバッファローの群れに飛び込めって言うのか」
姫奈を囲む女子連中。女子校が共学になって、まだ二年。男女比、4:6。
話には聞いていたが、女子の逞しさ、勇猛さをこの数ヶ月で目の当たりにした。女の子らしさなんか、対外的に演出するプロモーションだとしみじみ実感した日々だった。
その手の噂を聞きつけたら、猪突猛進。
とても、あの雌牛たちのマタドールは務まりそうになかった。
「女子にバッファローって……いつか、刺されるよ?」
「俺が、そういうの苦手なの
「でも、姫さんと約束したんでしょ?」
「タカちゃんっ!」
姫奈の声が、突然近くで聞こえて――ビックリする余裕なんか、まるでなかった。
気付けば、スカートが捲れるのも気にもせず、全力で飛び込んでくる。
「えへへ、タカちゃんっ!」
満面の笑顔。
あぁ、俺はこの笑顔に弱いんだ。
「姫ちゃんの彼氏って、室澤?」
「ちょっと、あんた! うちらの姫にいつ手を出したのよ?」
「……姫、すごい幸せそうなんですけど?」
「俺の姫様がぁぁつ!」
「配信で出ていた彼ピって、タカちゃんだっただね」
「そういえば、室澤のことを姫、いつもチラチラ見ていたよね」
「姫のセンスが分からない……」
「いやいや、あんな姫の笑顔を引き出せるの、タカちゃんだからじゃない?」
「よく見ると、室澤って落ち着いた雰囲気で良い――」
「タカちゃんは、私の! 絶対にダメだからね!」
ぎゅーっと俺は抱きしめられ、逃げられない。アイドル業で常にアグレッシブに活動している姫奈と、引きこもりでゲームに勤しむ俺とでは、体力が雲泥の差。そもそも勝敗は決しているようなものだった。
「姫、顔がとろけてるよ」
「これ、二人の馴れ初めから聞かないとね」
「ねぇ、ずっとおっぱいに顔を埋めているけどさ? 今、どんな気持ち?」
窒息する……酸素を、俺に酸素をください――。
「初エッチはいつ?」
「二人でどう過ごしてるの?」
「姫のパパも配信聞いていたらしいけど、まだ会ってないんだよね?」
なんですと?
「姫の告白の話は聞いたけどさ。室澤は、どう返事をしたの?」
容赦ない。
本当に、まるで容赦がない。
そして姫奈はまるで隠すつもりがない。むしろ、ニコニコと笑顔がより溢れて。
俺の羞恥心――その全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れたち。その渦中に丸裸で放り込まれたような、そんな心境だった。
「タカちゃん、大好きっ」
最強のバッファローの突進。
もう受け止めるしかなくて。
躱すことなんかできなくて。
もちろん、誤魔化すことなんかできない。
周りの反応なんかどうでも良い。
結局、そう思っちゃう。
(それに――)
そんなこと言われたら、もうシンプルに答えるしかないじゃんか。
「俺も――」
【KAC20241+】恋するバッファローを前にしたらマタドールの俺は華麗になんて躱せない 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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