聖剣伝説 後編


竜宮麻美にはやらなければならないことがあった。

それは、自分を捨てた男――悪魔の心臓に、この聖剣キャリバーンを突き刺すことだ。


悪魔はもうすぐ今カノと海外に出ていく――その前になんとしてもやり遂げる。


駆け込んだ空港内の時刻表を睨むと、その時が迫りつつあることが分かった。

ロングコートの中に聖剣を隠し、気配を探る。


「いた――」


髪を金に染めた男が瞳に映った。

今にもゲートを超えようとしている。

あさみは、あくまで平然を装い――


「キャリバァァァァァン!!」


――装えなかった。

その張り裂けんばかりの咆哮が、空港内のありとあらゆる視線と警備員達を集めてしまう。

しかし、あさみの脳裏にはメルリン萌子の声が浮かんでいた。


(あなたが真に正しき者であれば、その剣が抜けるはずよ――)


あさみは駆け出した。

足を止めないまま、その鞘から剣を抜き――


「剣を抜いたのならば――その威光を示せッ!!」


――剣の先端から強烈な閃光がほとばしると、周囲の人々の目がくらんでゆく。


〈うあぁぁぁ〉

〈なんだこれはぁぁぁ〉

〈うぉ、まぶしッ!!〉


まばゆい光の中で動き続ける者がいた。

竜宮麻美は止まらない。


ゲートを超えた先で振り返る悪魔元カレを見据えて直進する。


〈止まりなさーい!!〉

〈誰か取り押さえろ!!〉


あさみを取り押さえんとする勇猛な者達もいたが、今のあさみはまさしく剣の王――その猛進を止められる者は誰一人としていなかった。


「キャリバァァァァァン!!」


ゲートを飛び越え、逃げ惑う男に迫った。

男は大きくこけてそのまま今カノに見捨てられ、恐怖のせいなのか、なかなか立ち上がれずにいた。


腰を抜かしたまま見上げる形になると、男は必死な形相で両手を合わせる。


「悪かったあさみ! 許し――」

「キャリバァァァァァン!!」

「あああああぁぁぁぁぁ!!」


あさみは、悪魔元カレの胸に聖剣を突き刺した――




メルリン萌子はスマホでネットニュースを眺めながら、一人笑っていた。


「――やるじゃない」


そんな折に、刑務所帰りの女が占い館を尋ねてくる――竜宮麻美だ。


「あら、有名人」

「おかげさまで、萌子さん」


あさみは促されて椅子に座ると、にこやかな笑みを浮かべた。


「今日は何を占って欲しいのかしら」

「そうですね――」


あさみはもったいぶるように間を置いてから言う。


「――生まれ変わった私に、新しい名前をくださいませんか?」


来たわね。萌子はそれを聞いて不敵に笑う。


「実はね、あなたがきっとまた尋ねてくるだろうと思っていたから、もう考えてあるの――」


萌子は用意していた白紙を真っ赤なテーブルクロスの上に置くと、筆を走らせる。


「たつ……みや……あざみ?」

「違うわ。『たつみや』ではなく『りゅうぐう』よ」


龍宮りゅうぐうあざみ――竜宮麻美の字と響きを変えたものだ。

姓名判断のサイトで調べた結果、かなり良い画数になっている。


「あなたの元々の名前だと、画数が悪いのは伝えていたわよね?」

「はい」

「だからね、あなたにとって最高の名前で、なおかつ馴染みやすいものを考えていたの」

「それが、龍宮あざみ……」


あさみは、何度もうなずいては、噛みしめるようにその名を口にした。

萌子はそれに付け加える。


「アザミの花は知ってるかしら」

「名前だけなら」

「アザミの花言葉にはね、『報復』と『独立』が含まれているの。今のあなたにぴったりだと思わない?」


萌子の言葉に、龍宮あざみはおかしそうに笑った。


「ほんとですね……私にぴったりの名前みたい」


萌子はひとしきり笑ってから、萌子の目を見る。

その目じりには涙が溜まっていた。


「あなたは生まれ変わった――これからは龍宮りゅうぐうあざみを名乗って、生きていきなさい」


萌子の言葉に、あざみは深くうなずいた。


「はい」


ただ一言の返事――それにすべてが詰まっているのだと、メルリン萌子は知っている。


「ところで、あざみさん。悪魔元カレを刺した時、どんな気分だった?」

「あはは……聞いちゃいます?」

「ぜひ聞きたいわね」

「それは……もう――」


萌子は、いつか自分が披露した間の取り方をあざみが身に着けていることに微笑んだ。


「――最高さいっこうの気分でした!!!」


龍宮あざみは、言葉通りに最高の笑顔を見せる。

あぁ、この子はもう大丈夫だ。

もう誰かにあざむかれることはないだろう――



二人はそれから、占いなどせずにただただ雑談をしていた。


「――まさか、キャリバーンが偽物なんて思わないじゃないですか」

「思うわよ普通。あなたが普通じゃなかったの」

「ええー、そうです?」

「そうよ」


そう、聖剣キャリバーンなど存在しない。

あれはよくできた玩具そのものだった。人に突き刺そうとしても刺さることはなく、異様に長い持ち手の部分に刃が引っ込む仕様になっている。


「占い師のくせに詐欺師みたいなことしてていいんですか?」

「おかげで人の命が救われたじゃない」

「それもそっか」

「ところで――あと三分で占いの時間は終わりよ」


机の上の置時計を二人して眺めた。

あざみが表情だけで「そんなぁ!」と語って見せる。


「まだ話し足りません!」

「時間厳守がポリシーなの」

「はあ……このインチキ占い師」

「またの来店を待ってるわ」


輝いた目をした龍宮あざみを眺めながら、メルリン萌子は微笑んだ。


(あたしが苦しんだ三分間を、あなたはせいぜい楽しむことね)


龍宮あざみには三分以内にやらなければならないことがある。

それは、今この瞬間を――全力で楽しむことだ。

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JD聖剣無双 ~女子大生、インチキ占い師に聖剣を託される~ 杉戸 雪人 @yukisugitahito

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