第6話 とある日の昼休みに…

 それは昼休みの事。

 本来であれば、そのまま昼食という流れなのだが、今日は違った。


「これって早くやらないといけない事なの?」

「今日中であれば大丈夫だって」


 石橋義亜いしばし/よしあと未宙は、校舎一階の倉庫室内にいた。


 彼女は棚の前で、室内にある資料や段ボールを見渡していたのだ。


「でも、今日中だったら放課後でもよくないか?」

「早く終わらせておきたいから」

「そ、そうか」


 早川未宙はやかわ/みそらは担任教師に言われているからと言って、なんでも引き受けすぎだと思う。


 委員長としては素晴らしい事ではあるが、こうして彼女と二人っきりになれる瞬間でもあり、複雑な心境だった。


「義亜は、このまま続ける?」

「続けるっていうか。そのために、ここにいるというか」


 このまま未宙を放置して、一人だけ昼食をとるというのもなんか違う。


「未宙が困ってるなら、俺は手伝うよ。一人だと大変だろうし」

「それはありがたいんだけどね。義亜はそれでいいの? 少し時間がかかるかもしれないよ」

「俺は別に気にはしないから」

「ありがとね。じゃあ、早く終わらせて、それから昼食を取ろうっか。多分、その頃には、昼休み時間が五分くらいしかないと思うけど。それに関してはごめんね」


 彼女は棚周辺を見渡した後で、そこにあった大きな段ボールを持ち上げ、そう言ってきた。


「そもそも、その段ボールの中身って何?」

「これはね、先生が今週中の授業で使いたいモノが入ってるんだって。私も今から中身を確認するんだけどね」


 未宙は重そうに持ち、近くの長テーブルにそれを置いていた。


 実際に開けてみたのが、段ボールの上からだとわからず、二人はその青白い物体を取り出してみることにした。


 二人で持ちあげるものの、それが各々の手に重くのしかかってくる。


 一旦、長テーブルの上に置く。

 それは透明な袋に入っており、美術の時間に使うようなデッサン人形のようなものだった。


「あの先生って、これを使って何するんだろ」

「多分、絵を書くんじゃない? この前、先生が絵を書くのが趣味とか言っていたし」

「そうなんだ。でも、俺、絵を書くの下手なんだよな」


 中学の頃もあったのだが、美術の時間に、人か風景を描く授業があったのだ。


 その当時の自分からしたら上手く描けていたと思っていたのだが、他人から下手だと酷評されることがあり、それが少しばかりトラウマになっていた。


 できれば、絵を書く事からは少し距離を置きたかった。


 義亜は俯きがちになってしまう。


「義亜って、昔、絵を書いてたでしょ」


 未宙から顔を覗き込むように見られる。


「そ、そうだけど。今はそんなに好きじゃないっていうか」

「私は義亜の絵、好きだったんだけどね」

「知ってると思うけど、俺の絵はかなり下手じゃんか」

「そうかな? でも、いいじゃん。そんなの。私は昔の義亜の絵しか知らないけど。昔の頃なんて、全然気にせずに書いてたでしょ。それに、私にも見せてきたりして」

「それは小学生の頃で。あの頃からそこまで変わってないと思うけど」

「でも、できない事ばかり考えていてもしょうがないでしょ。もし、授業で絵を書く事になったら、私とペアでも組む?」


 未宙から事前に誘われてしまう。


「けど、ペアになって絵を書くとは限らないだろ」

「先生が絵を書く授業があったら、ペアになってやるかもって。そんな事をボソッと言っていたよ。ね、いいでしょ、約束って事で」


 未宙は義亜の方を見て、明るく微笑んでくれていた。


 彼女が喜んでくれるなら、頑張って久しぶりに絵を書いてみようかと一瞬思う。


 でも、授業というからには、他人に見られる可能性だってある。


 あとで絵の勉強をしておこうと思うのだった。




「というか、あまり時間をかけすぎると」

「え? そうだね。もう結構な時間経ってるね」


 室内の時計へ視線を向けると、昼休みが始まってから二十五分も経過していた。


 過去の出来事に浸りすぎて、このままだと午後の授業が始まってしまう。


「あとは何をすればいいの?」

「他はね、これと同じシールが貼ってる段ボールがあるんだけど。それと、この段ボールを美術室に運べばいいらしいの」

「そ、そうか」


 ヤバいな、このままだと、未宙と昼食を取れなくなるって。


 義亜は焦り、室内を見渡す。


 テーブルに置かれている段ボールと同じシールが貼られている箱を急いで探していると、似た感じのモノが視界に入る。


「もしかして、アレかな?」


 棚の比較的上の方に置いてあった。


「私が取るね」

「いいよ。俺が取るよ。未宙は下がってて」

「でも、これは私の業務でもあるから。手伝ってくれるのは嬉しいんだけど」


 二人は棚の前で言い争ってしまい、なかなか先に事が進んでいかなくなる。


「いいから。ここは私に任せて」

「そんなことより、さっきからやってもらってばかりだし」

「それは、元々私の仕事だったから。義亜こそ、少し離れてて」


 またちょっとした事で、棚の前で譲り合いすることなく話がヒートアップしていく。


 未宙は義亜の隙を見て、その場でつま先立ちをし、棚の上にある段ボールへ手を伸ばしていた。


 あと少しのところで、彼女の手が段ボールに届きそうな時だった。


「あッ」


 取れそうだったのだが、つま先立ち状態の未宙は態勢を崩してしまい、棚から段ボールが落ちてくる中、彼女は床に倒れ込んでしまう。


 義亜は咄嗟に判断し、尻餅をついてしまった彼女へ覆いかぶさるように動いた。




「だ、大丈夫だった?」

「う、うん……」


 次に未宙と顔を合わせた時には、義亜は彼女を床に押し倒していたのだ。


 間近で見ると、未宙の顔は綺麗に見える。


 遠くから見てもよく見えるのだが、床に仰向けになっている彼女は、女の子らしく頬を赤く染めていた。


 こ、これって……。


「ねえ、義亜?」

「な、なにかな」


 小さく呟く未宙の声。

 それに対し、義亜は声を震わせていた。


 彼女の唇がピンク色で変な気分になる。


 こんなの誰かに見られたら……。




「昼休みから作業をしてたのか? 今日中であればよかったのに――」


 突然、倉庫室の扉が開き、担任教師が入ってくる。


「あ、ああ……まあ、そういう事もあるよな……」


 二人の様子を見て、何かを察したのか、先生は再び扉を閉めて出て行ったのだ。

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冷静沈着なクラス委員長の美少女が、二人っきりの時だけ本心で甘えてくる 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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