家族のための三分間
葉月りり
パパがんばったね
俺には3分以内にやらなければならないことがあった。
それは家族のためにアイスクリームを買ってくること。妻と娘と息子、自分の分も合わせて四つ、買ってここにちゃんと戻ってこなければならない。
そのアイスは俺が子供の頃から食べていたカップのアイス。多分俺が産まれる前、もっと昔から売っていたのだ思う。昔ながらのこの味を妻と子供たちは初めて食べた時、こんなに美味しいアイス食べたことないとビックリしていた。
流行りのアイスのようにお洒落な香りはしない、乳脂肪分も高くない、分類はアイスミルクだろう。牛乳の風味が濃く甘味が強い。それでいて舌の上に乗せるとサラッと溶ける。清涼感と言っていいほどスーッとした余韻を残して。
このアイスは俺の実家へ向かう途中の駅で売っている。それも売店ではなく売り子がワゴンを押して電車の到着に合わせて売りに来るのである。コンビニにもスーパーにもない、ここでしか買えないアイスだ。
年に何度か、孫を見せに実家に行っている。子供達は小さい頃こそ喜んでじいちゃん、ばあちゃんに会いに来てくれたが、小学生になると退屈な田舎に行きたがらなくなった。おまけに嫁姑の関係も良いとは言えない。
それがあの駅でアイスを食べようとなると、しょうがない行くかということになる。
なので、このアイスを買うというミッションはとても大事なのだ。家族が機嫌良く実家での時間を過ごせるように。
俺の実家は自宅の最寄駅から快速で1時間ちょっと。アイスの売っている駅では特急との待ち合わせがある。その間の停車時間3分が勝負だ。
乗っている快速がホームに入ると、窓にへばりついてホーム上にいるはずのアイス売りを探す。昔は電車の窓を開けて車内から売り子を呼んで買えたが、今は降りて売り子のところまで行かないといけない。売り子を見つけたら、そこまで一目散に走るんだ。だが、今日は…
あれ? 見つからない。
電車のドアが開くとすぐにホームに降りてアイス売りを探す。大の男がキョロキョロとホームを見回してウロウロと歩き回る。特急が入ってきた。特急の客とかち合うとやばいぞ。早く見つけなきゃと焦り始める。
遅れているのかと階段をのぞいてみるがいない。いや、ワゴンなんだからエレベーターかと、エレベーターを見ると、ちょうどワゴンが出てくるところだった。特急の客もそこに向かっている。俺も走る。ポケットで小銭をジャラジャラ言わせて。
アイスを受け取ってピッタリ用意しておいた代金を払うと発車ベルが鳴り始めた。一番近いドアから飛び乗る。今日もなんとか買えた。アイスを2個ずつ両手に持って、周りの視線を多少感じるが家族の待つ車両まで大股で歩く。ベルが止んで列車が動き出した頃家族のところへ戻ってきた。みんな笑顔で俺を迎えてくれる。
ひとり一つずつアイスを渡す。
「これこれ、これがなくちゃ、ばあちゃんちに行く意味がない」
息子は正直すぎる。
「これ美味しいんだよねー。パパがんばったね。ありがとう」
娘は親を泣かせるツボを知っている。
「ちょっと高いけど、美味しいからねー」
妻は経済意識が高い。
俺も腰を落ち着けてアイスの紙蓋を開ける。白く滑らかで、ちょっとキラキラしたアイスが現れる。俺はその美しい表面に今…あ、あれ?
「パパ、スプーンは?」
おしまい
家族のための三分間 葉月りり @tennenkobo
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