どうしても君と

月這山中

 

 私、大牛茜は、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにしか性的に興奮できないのである。


 どうしてこんな性癖(正しくは性指向)を持ってしまったのだろう。

 とはいえ自認は普通に女性で、けして自分を雌牛などとは思っていない。

 世の中にいる普通の女の子のように人間の男性と恋愛してみたいとは思ってる。


 だけど、男の人と付き合う度に頭の中にはアイダホの平原が広がっていく。

 大小の牛が集まって一つの塊になる。全てを薙ぎ払う牛の躍動。蹄が土をほじくり返す様子。反り立った双角が振り回されて。

 そして勇ましい雄牛の……

 ああ、だめだ。


 男の人とそういう関係になった時に、頭の中は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れでいっぱいだなんて、不誠実だ。

 それで一方的に振ってしまう。恋愛に臆病になってしまう。

 どうしたらいいんだろう。


 ある日、大学の先輩から誘いを受けた。

 今回も同じ結果になるとわかっていながら、断れない自分がいる。


「見たい映画があるんだけど」


 彼が手にしていたチケットは『アメリカバイソン大移動!実録ドキュメンタリー』だった。


「ごめんなさい!」


 私は逃げてしまった。


 次の日曜日、私は一人で『アメリカバイソン大移動!実録ドキュメンタリー』を観に来ていた。

 映画は観たかった。

 だけどそれは、大事な人と観るべきじゃない。

 そんなことを思いながら、私は躍動するバッファローの群れを目で追っていた。


「うお、すっげえ」


 隣の席から聞こえる感嘆。気は散るけど、彼らが賞賛されてるのは気分がいい。

 でも気付いた。


「めっちゃエロい…」


 この人も同じなんだ。私はハッとして、心のどこかが溶けていくような、温かくなるような、変な感じがした。

 この人となら。


 スタッフロールが終わる。劇場が明るくなる。

 隣を振り返る。

 私が振った大学の先輩がそこに居た。


 私は気付いていた。

 きっと彼にも、気付かれていた。


「やっぱりさ、どうしても見たくなって」

「……ええ、私も」

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どうしても君と 月這山中 @mooncreeper

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