二一一話 傍から見たら窒息寸前旅一団


 食事の話もそそられない。雪国、とまではいかないとひかえめな表現をしていたがまだ秋の気候でこれだけ冷えているんだ。充分に、百歩譲って雪国じゃなくとも寒国さむくにだろ?


 そんな土地柄とちがらなのでか、知れないが全体的に味が濃い料理が多いみたいだ。あまり必要じゃなかったが食事の休憩に寄る、と言われた飯処めしどころで野郎たちが食べていたのはがっつりした味つけの料理と大きな土鍋どなべで運ばれたかゆだった。私は薄味寄りの食事をとった。


 男たちはよほど私を丁重ていちょうぐうせよ、とでも言われているのかしきりに「食べてみないか?」的なことを言ってきた。が、私に殿下や他信頼がある者以外と同じ皿の食事をつつく趣味はない。なにも入っちゃいないだろうけど、そういう問題じゃない。別問題だ。


 親しい間柄あいだがらなら遠慮なく同じ皿の料理をつついたし、一口ちょうだいを言っただろうがこいつらは赤の他人か、もしくはそれ以下だ。だから、そういうことはしたくない。


「私の飯し」


「受け取れません。主に叱られます」


「……あっそ。ごっそさん」


 飯のしろを払おうと財布さいふを取りだしかけたら即断られたので丁寧ていねいに「ご馳走様」だなんて言う気になれなくて適当に「ご馳走さん」をさらに端折はしおって言っておいた。疲れる。


 知らん顔と食事をするのは、監視かんしされているようで気疲れする。金狐宮きんこぐうでの生活が快適かいてきすぎて忘れていた。不便というか、快適でない、息が詰まりそうな環境、というの。


 男たちは酒こそ飲まなかったもののかなり食って搔き込んで喰らってしていたが、最後の粥をカツカツ口に流し込んで席を立ったので私も立つ。店の者の視線が痛いねえ。


 亀装鋼キソウコウの者はお馴染みさんだろうが、そこに混ざっている私という鬼面おにめんの女の図。


 異様だろうな。そうは思ったが、いちいち反応するのも面倒臭い私は殿下にいただいた外套をしっかり体に巻きつけて外気を適度に遮断しゃだんしつつ、ついていった。男たちは。


 下に厚手あつでの上等な肌着はだぎを着込んでいるのかあまり厚着あつぎに見えないのに、平気そう。


 夜の冷え込みがきつくなってくる刻限じかんだが、男たちは先を急ぐことを選択していて野営やえいはしないらしい。その方が私も気を張らずに済む、と思ってくれているのもあるか?


 まあ、どっちにせよ、だ。こいつらのあるじとやらに会ってみないことには戦の回避が本当にできるかは不明なままなのは残念ながら動かしようがない。どうすることも、ね。


 それは私が決めることじゃない。そんなのばっかりの世の中ではあるが私は恵まれている方だ。こうして自ら交渉こうしょう役を買ってでて受け入れてもらえたのだから。幸福だよ。


 皇帝こうてい陛下と殿下に、そして虎静フージンを案じつつも私の覚悟、過去と完全に決別けつべつしたいと願った私の意志を尊重そんちょうしてくださった皇太后こうたいごう様に感謝だ。進んでいく。敵国へ、着実に。


 恐怖はない、と一切、と言えば嘘になる。多少の不安とかは当然にありえている。


 私も一応、一般常識がある、というよりかみなさんにさずけていただいた人間なものですからして。未知みちへの恐怖と不安。自国に残してきた大切な者たちへの想いも、ある。


 そんなこんなとあって陽が落ち切って周囲がうすらいすらない暗闇に包まれそうになる前に迎えの三人がそれぞれに松明たいまつを取りだして火をつけた。光源こうげん確保、とけものけかな?


 冬の山道やまみちともなればおおかみくまなどといった凶暴な獣も多くいるだろう。ツーンとしたにおいが同時にただよいだすので獣避けの知識と意識は他の国より深く高くあるようだ。


 迎えの三人は私が食事休憩以外に休みなく歩けるかしきりに案じて様子を窺っているようだったが、私が平然としているのを見て取り、足を速めた。昼にあの邑を出立しゅったつしてから丸一日後にはだいぶ景色が様変わりのように違っていて、ほお、とため息をついた。


 特に地面。しょりしょりしている。しも、というには柔らかいので一度寒風さむかぜに当たって雨がてついたのが溶けはじめているのかもしれない。半解凍の地面を踏み、進んだ。


「……」


「……」


 この四人組に会話はない。道ゆく人々は楽しそうに、もしくは真剣な顔でかたらいながら歩いているが、異質いしつな四人に話題などある筈もなく、だ。ひたすら黙々進んでいく。


 だが、無駄なおしゃべりもなかったのがさいわいしてか出発から二日目の朝には予定地に入れそうだという趣旨しゅしの話が聞こえてきた。うちひとりが私が健脚けんきゃくでよかった、と言った。


 失敬しっけいな。邑中駆けずりまわって水の世話を「してやっていた」んだぞ? この程度歩けずにどうする。体力なさすぎんだろ、って話。予想より早く片づくなら私にとっても好都合だし。……や、目的地に着くのが目的の達成に同義ではないか。はあ、やれやれ。


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