二一〇話 懐かしの思い入れありし、場所


剛胆ごうたんでらっしゃる。女なのが惜しいほど」


偏見へんけんだな。女だってきも据えた傑物けつぶついるぞ」


 皇太后こうたいごう様とか美朱ミンシュウ様とか桜綾ヨウリン様とか彼女たちももし、時代が時代で男尊女卑だんそんじょひだの仕事の分担意識がなければ、徴兵ちょうへいされたなら将軍の中でも上位じょういを張れそうな肝の持ち主だ。


 あの三妃さんひにだけは、私一生かかっても敵いっこない気がしてならないですともそうですとも。それくらいには、己の力量と度胸のあるなしを正確に把握していますもので。


 そして、それ以降私たちに会話が成されることはなく無言の案内が続いた。私が連れて来られたのはむらを囲う森林しんりんの中で最も深く、先が知れないと伝えられている場所で。


 それ以上にその森、というか山は私がにえに捨てられた山ノ神をまつる地で、天琳テンレイ北領ほくりょうでは最北端さいほくたんに位置する霊山れいざんとされている。男たちはとある場所へと私を導いていった。


 そこにあったのは、祠。ハオが私を見つけた、私を救う為に私と一体になった、場。


 で、なにをするのかと思ったら男たちは祠に最敬礼さいけいれい拱手きょうしゅおこない、私を見てきた。


 彼らがなにを言いたいのか理解できた私はその祠のそばまでいって地にぬかづいた。背後でかすかに息を呑む音がした。無視。流して私はしばらくもそのまま祈り捧げるのに土下座の姿勢でいた。これまでの感謝。救ってくれた感謝を。そして、先の健闘けんとう祈願を。


 この祠が浩をしずめる為のものかは知らない。どうでもいい。だって私は荒ぶる彼に殺されても仕方がないくらい泣き叫んで騒いでいたのに、殺されなかったばかりか――。


 彼に、救ってもらった。助けてもらった。だからご報告ついでに祈っておくのだ。


 いってきます、と。頑張ります、と。それと、見守っていてほしい、と。私にとっては一寸ちょっとばかしだが亀装鋼キソウコウの者にしてみれば異様な長さだったらしい。なので、教える。


「幼少期はここで邑の豊作ほうさくを祈るのも私に押しつけられた仕事だった。久しぶりだ」


邑人むらびとたちは身寄りのないあなたを預かっ」


「はっ、ド田舎いなか冗句じょうくか? 出来栄えクオリティ低すぎ」


 鼻で笑ってやった。だって実際も笑うっきゃねえ、笑ってやるだけだ。それ以外にどうしろ、っての? 他に反応を強要されたなら足蹴あしげにしてやろうじゃん。それが答だ。


 身寄りのなかった、私? 身寄るべき場を贄にすることで奪い取った連中のつくり話をこいつら、亀装鋼からのつわものたちがに受けていないのはわかっているがあざけっておく。


 一貫いっかんして邑にじょうなど欠片もない、と示すことでいざという時、面倒臭い奇行きこうというか言動に走られても私のぶれなさを伝えておく。邑が例え直後焼き払われても知らない。


 焼き討ってくれるのならばご自由にどうぞどうぞ、と差しだすくらいしか言うことも取るべき態度も思いつかないぞ、私。だって本当に心の底からどうでもいいんだもの。


 焼くなら焼け。施しをつなら断て。虐殺ぎゃくさつで首を順に落としていこう、とどうしようと同情も憐憫れんびんも湧かない。じつの親もきょうだいたちも、顔も声も思いだせないんだし。


 私がこの邑に帰ってきたのは、亀装鋼との間に戦が発生しないよう未然みぜんに防ぐ為だけであり、皇帝こうてい陛下の声に従ってのこと。そして、すべては、ひいては殿下の為だけだ。


 殿下と、殿下の次の時代を担う(かもしれない)虎静フージンが安心してまつりごと従事じゅうじできる基盤きばんを築きあげるのが私が私に課した私の使命。それを苦に思うこともない。ひとつとて。


「ゆきましょうか、亀装鋼へ」


「どれくらいかかる?」


「我らの足で二日歩きますが」


「あっそ。全然平気」


 なんなら、へばりそうなら負ぶってやろうかと申し出られそうだったので慇懃無礼いんぎんぶれいことわっておいた。私に触れていい男は殿下だけ。致し方なく触れるのはしょうがないがそれ以外には許しはしない。気持ちを新たに私は祠に振り返り、鬼面おにめんに触れる。じゃあね。


 心中でとなえる一方的な「いってきます」に当然答などない。それでもいい。だって彼はずっと私を守ってくれているんだから。目の前にいなくともこの身の内にいるから。


 まさに正しく身内みうち。私の唯一ゆいいつの家族だった浩。今は殿下という独占どくせんはできないながら夫がいて、大切な可愛い息子がいる。ねえ、浩? 私、あなたのお陰で家族ができた。


 そのことをほこらしく思っている。浩が見つけてくれなければなにも、なんの可能性もなかった。今一度彼の大鬼妖だいきように感謝することしきりだ、私。んで、思考を切り替える。


 その先に会話らしい会話はなく、亀装鋼の連中が気遣ってか、こびか知れないがこの道の先で食事にしよう、休憩きゅうけいをしよう、なにが美味うまい、どこの酒が絶品ぜっぴんだからぜひ、と。


 私はすべて無視した。なにより酒は授乳じゅにゅう中なので全力で拒否する。私の体は酒精しゅせいを毒に思わなくともちちに酒精が混ざったら虎静が飲んだ時、あのコの命が危なくなるだろ。


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