二〇九話 恥知らず観察もほどほどに


 視察しさつへいく必要もない、なかったのが意外な場面で証明された瞬間だなこれ。


 皇帝こうてい陛下が執行猶予しっこうゆうよ代わりに「自助努力じじょどりょくにて成してみせよ」と言ってくださったのに当邑とうゆうの連中ときたら陛下をきおろすだけに飽き足らず、敵国の施しに喜色きしょく満面だよ。


 一個としてはじに思っていない。それがずかしいということにすら気づいてない。


 最悪。こんなむらの、こんないやしい、こんな阿呆あほう共に恵んでやっていたと思われるなんて私のほこりの価値がさがる。羞恥心がき混ぜられて爆発してしまいそうつか爆死ばくししたいな、おい。とさえ思わせるくらい恥ずかしい。なにあの愚かな連中。なにあのクソ共。


 さてどうしよう。亀装鋼キソウコウの者がいるなら願ったりで接触を図りたいところだが、邑のやつらに見つかってたかられるなんて断固拒否。で、不意に亀装鋼の兵が顔をあげた。


 私がいる森の木々の隙間を見て隣の同僚どうりょうと顔を見あわせて少し話してひとり席を外したと思ったら邑の中央部から一発花火があがった。花火、といってもみやびなものでなく。


 なにかの合図。なにの、と訊くほど私はバカではないので、雷天ライティェンを連れて移動し、適度に周囲に草が生えていて小川もある、食うに飲むに困らない場所で手綱たづな長めに繫ぐ。


 そして、先ほどの場所に戻ってみると予想通り。あちらさんの「迎え」がにこやかに笑って待っていた。ので、私はあざけりの笑みを唇に誰かさんたちに嫌みを吐いておいた。


「悪ぃな、あんな魚か鳥かもしくはむし同然の頭しかないクズ共にイイもの恵ませて」


「自分を育んだ者たちにずいぶんこくな――」


「そんな覚え、一切、さっぱりないもんで」


「一応お訊きしたいのだが」


「てめえらがなにを思ってかは知らねえがただ利用されるのはもうこりごりだ。ってのが私の個人的な感情で意見。どうしても服従させたかったらできそうか試してみろや」


「……。では、こちらへ」


 亀装鋼所属しょぞくつわものたちは多く語らない。それが水性すいしょう気質きしつつうじている者らしさであって自然と馴染む、ように振る舞っているか。普段からそういうふうる者を迎えに選出したか、だな。寡黙かもくで、笑顔も素晴らしく出来のいい贋作にせもので、冷えて凍てついた心持ち。


 私にはそちらの、素のむすっとした顔の方が好ましいので無理に取り繕ってくれなくて結構だ。それをへの字口で伝えると兵たちは出来栄えよすぎてキモい笑みを消した。


 無表情を通り越して凍てついたゾッとする冷たい表情は兵士というより死刑の執行しっこう人かもしくは死刑を求刑した陪審員ばいしんいんか。処刑しょけい人はきっとこいつらの比でない恐怖だろう。


 それを偽りの笑みでおおい隠す、ということは自覚があるってことだ。自らの冷えて凍えた表情筋に覚えがあって威圧いあつしてしまう危険をはぶく為に生身なまめんをかぶってくれた。


 が、私が動じないのを見て、むしろ笑顔キモ~い思っているのを空気に見たようでやめてくれた。異様に、さっくりといさぎよい様も私に通じるものがある。なるほど、真正しんせいの水性者というのはかくも冷たい、冷え切った心と顔をしているのだな。上がいてなにより。


 亀装鋼の兵たち――邑の連中に飯の手当てを与えているのとは別の三人組――は言葉短く命じただけできびすを返してしまった。私は黙ってついていく。先頭に立つ者の背に立った瞬間、背後を他二名が固めた。けっして逃がさないよう念に念を入れまくっている。


 利き手が違う者をわざわざ選ぶとか周到しゅうとうすぎて気持ち悪いんですけど。どこの誰とは言わないが智将ちしょう皇太子こうたいしよりも粘着質ねんちゃくしつ、って感じではない。きっぱりさらりと念押す。


 私の背後で左右それぞれの利き手で刀の柄に手を置いているふたりは私が妙な動きをしたら、というのに備えている。ふたりの視線を大気たいきの水の気で探るに足を見ている。


 脚ではなく、足。もっと正確により精確せいかくに狙っているであろう位置は……けんかな?


 いかに私がハオの加護で傷をすぐやすといえど腱をたれてはすぐ、少なくとも即回復とはならないし、すじを断たれる痛みなど未経験みけいけんだ。さすがにそこまで豊富じゃない。


 いろいろな経験は役に立つなどと言うがその手の経験を積みたい、と申し出るなんてとんでもないド変態様じゃねえか。よって、今後も希望しないし、抵抗する気はない。


 そのあかしに、と私は背に負っていた浩の大槍おおやりを固定のびょうから取り外して前をゆく男の眼前がんぜんに降るよう放ってやる。兵は意外そうにしかし、納得のさまで槍を丁重ていちょうに受け取った。


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