二〇四話 亀装鋼から、私への言伝


「あの節操せっそうなしが誰を探そうと勝手だ。が、ここは俺のつまが住まうみやだ。荒らしてもらっては困る。使者だ、というなら皇宮こうぐうへ参るべきだ。それとも不法侵入で処刑するか」


「手荒い歓迎をなさるのだな」


「貴様らがまず無礼だとわきまえろっ!」


「そのきさき殿を我らが絶対、羅雨ルォユー様に捧げろ」


「はあっ?」


「伝えたぞ。引き揚げよう。返答は後日に」


 亀装鋼キソウコウ使者ししゃだ、という男たちの代表はそれだけ言い捨てて本当に引き揚げたようで玄関からひとがでていく気配がした。私は呆然ぼうぜんと立ち尽くす。そして、招かぬ訪問ほうもん者たちが充分離れてからユエが私を庇う手をおろし、私も肩の力を抜いて、虎静フージンは泣きだした。


 階下が騒がしさをひそめ、誰かが階段をあがってくる音がした。あがって、駆けてあがってきたのは殿下だった。私の蒼白な顔と泣きじゃくる虎静を見て彼は顔を歪める。


 なんと言っていいかわからないのだ。私も、わからないから黙りこくってしまう。


 が、手は自動的に虎静をあやしてやる。虎静はしばらくも泣いていたが、私の心が平穏へいおんとまではいかずともちょっと凪いできたのを感じたのか赤い目と頬で私を見上げる。


 言葉にせずも伝わる「大丈夫?」に私は薄く微笑み、虎静を抱く腕に力をこめつつも目は殿下を見た。この方は、なんと言うだろうか。私がわざわいもとをまいた、とは言われないであろうと予想がつけどもそれ以上はわからない。私は私でしかなく、殿下じゃない。


 殿下は私の下にやってきて、私を抱きしめようとして腕が迷い、結果頭に手を置いてきた。そのまま撫でる。なでり、なでり。くすぐったいし、ちょこっと物足りないけれど。


 でも、虎静を間に挟んでしまってはいけないだろ。潰れちゃうよ、殿下の力じゃ。


 私は寝室に戻る、ことをせず殿下と月に目配せして階下に降りていった。そこではあやかし侍女じじょのみながそれぞれに反応を示してくれた。いきどおる者、忌々しいとばかりの者。


 怒り、不敬への憤怒ふんぬが噴き零れる寸前の溶岩がごとくボコボコしている様子だったが私が降りてきたのを見てみな、ハッとし、申し訳なさそうに眉をさげた。芽衣ヤーイーにいたっては尾もへにょん、と垂れさがっている。私は、今、いったいどんな顔をしているのかな?


 今は、今だけは鏡を見たくない。四夫人しふじんとの茶会ちゃかいから鏡と睨めっこして自分の顔の造作の奇妙な点を一個でも見つけようとしているが昼間ひるま夜間やかんで瞳の色が変わる以外は。


 なにも異常はない。でも、今はきっとひどい顔をしているのだ。わかる。まわりの者たちの顔色から心配ともどかしさが拾えるから。ダメだなあ、私。私は主人なのにね?


 こんなふう、心配かけてちゃいけないのに。だけど普段通りに振る舞える自信はないかもしれない私は先に食事の間に入っていってあとを追ってきた月が芽衣に殿下の食事ももらってくるように言ってへやに入ってきた。殿下が続く。私はひたすら虎静をあやす。


 他にどうしていいか、わからないから。だって、だって私ばかり、どうして……?


 ――いや、私、だけじゃないか。世の中で不条理ふじょうりをこうむっている人間なんて掃いて捨てるほどいるからこそかえりみられることもないままに骨をさらす事態が起こるのだ。


ジン


「どう、なりますか? 私が、私は」


「どうもならぬ! 静、お前はもう、生まれてすぐにえにされたのだぞ。俺がお前を」


「ですが、このままでは亀装鋼とことを」


「知ったことかッ」


 殿下、殿下のそれはあくまで殿下の個人的な意見ですよね? 燕春エンシュン皇帝こうてい陛下にお伺いを立てねば。冷静に判断できる御方に言っていただかなければ。いけ、と。らぬと。


 ……陛下なら要らぬ、とはおっしゃらないか。しかし相手は圧倒的に分が悪い熟練じゅくれんしき持ちを多く兵役へいえき者に抱える亀装鋼。普通の兵では及べぬレベルに戦闘力が達している筈。


 だとしたら、天琳テンレイの全土とまではいかずとも幅広くに戦の火のが散ることになってそうなることでこの地は巻き添えを喰らう弱者の怨嗟えんさで満ち溢れることになるだろう。


 そうなったら、天琳を治める皇族こうぞくたちの威厳いげん威光いこうに関わってくる。民を守れぬ、もしくは吹聴ふいちょう仕方しかたを変えれば「万民ばんみんよりたかがひとりの鬼娘を取る愚か」とおとしめられる。


 実際、天琳に何人、何万人のたみがいるかなんて私はわからないし、言われてもピンとこない。ずっと我がことで手一杯だったから。余所よそに構う、構ってやる余裕なかった。


 当たり前だったこと。だが、もう私は皇子おうじを産んだのだから国すべてをうれえねば。


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