二〇二話 申し訳ない、これに尽きるよ


 私はふっけーため息を吐きだして最後の木簡もっかんふうをとく。青の字とユエ解説にみずちとあった生き物の印章いんしょう青蛟宮せいこうぐう紅楓ホンフェンからのふみは頭に「ご無事ですか!?」と書いてあり。


 続いて「産後さんごのお体に滋養じようによい果物くだものを実家の父に頼んで取り寄せたかったのですが殿下が今はまだ伏せていてほしいから遠慮してくれ、とおっしゃられます。心より心配いたしております。ご体調よい時にお返事ください、お願いいたします」……だそうだ。


 いや、あのホント申し訳ないくらい心配おかけしてしまって私のない胸がさらにぺたーっとなっちゃいそうな、そんな思いでいっぱいでございます。殿下さ、締めていい?


 もう、もうね。ここまで心配させておいて放置するとかひどいむごいを通り越していると思うのは私だけではないだろ。上尊じょうそん妃たちは少なくなく、おおいにあきれていたしよ。


 私だって呆れたいし、申し訳ない。ひたすら「殿下の阿呆あほうがすみません」だって。


 それ以外になにを言え、と? 他に言えることなんてないだろうが。ある、という主張があるならこっちに来てみろ、殿下。私が皇太后こうたいごう様ばりのお説教落としてやるわっ!


「どうぢゃ?」


「ご心配おかけして申し訳なさすぎる」


「ぢゃろうなあ~」


 だろうな、って月んな他人事ひとごとだけど他人事にすんなよ。困っているんだから知恵を貸せったら貸せ。はあ、どうしよう。そうこう思いながら寝室に用意してもらった食事を口にしていく。毒味に来ていた芽衣ヤーイーはとうに虎静フージンの寝顔観察に忙しくしていらっしゃる。


 ああ、しなやかな尻尾がゆ~らゆらと。……アレは虎静が大きくなった折には掴まれて困るんじゃないだろうか? だなどと現実逃避しちゃう私だが、食事を搔き込んだ。


 食事を終えた私は月に頼んで書斎しょさいから書き物の一式を持ってきてもらい、文の返事を書きはじめていく。それぞれのきさきに向け、共通して謝罪の一文と近いうちに殿下をぶん殴ってでも時間をつくるので金狐宮きんこぐうに招きたいむねを記した。木簡を巻き、私のいんを押す。


 月が文句と注文をつけまくって彫らせた印は彼女自身、九尾きゅうびきつねが彫られている。


 自信過剰かじょうもここまでくると呆れる云々通り越して賞讃しょうさんしたくなっちまう、というやつだったが、そこはどうでもいいので木簡にあてと私がもらう字たるきんと狐の印を押した。


 で、虎静のおしめの洗い替えを持ってきてくれた紫玉ヅイーと食事と芽衣を引き取りに来た緑翠リュスイに頼んで茶会ちゃかいの招待状をだした面子めんつを招集し、再びお使いしてほしい、と頼んだ。


 ふたりは快諾して、私が食べ終えた食事の皿をさげ、芽衣に文を持たせて一緒に連れだしていった。寝室の窓から外を見ると冷たいよいが広がっていた。秋空。あと一月ひとつきもしたら冬の気配がにじむ空は少し乾き、やがて来たる冬を迎える支度をしているようだった。


 後宮こうきゅうに入ってはじめての冬。亀装鋼キソウコウとのことがチャラになったわけではないので油断はならないものの、無事に越冬えっとうできるといい。少なくともあのむらに関わらず、いたい。


 でも、それは叶わない願い。わかっているがそれでも願ってしまうのはひとのさが


 叶わないから願うのか。叶えたいから願うのか。私には、まだ人生経験浅い私にはわからない。ただ、近くなにかが起こりそうな予感はある。むしの報せ、というやつかな?


 なんでもないことだといい。予感になるくらいだから悪い、のかもしれないがあまり大事おおごとにならなければいい。小事しょうじで終わればそれに越したことはない。私には、だって。


 ちらり、と見る先。小さな目をしぱしぱさせて起きた虎静がやがて焦点しょうてんを私にあわせて不思議そうな顔をした。私は正確なところは伝わらない、とは思ったのだが一応で。


「大丈夫さ、虎静。心配らない」


「うー?」


「うん。お母さんはお前が大きくなるまで守ってみせる。お前のこともお父さんも」


 多分だが、ここに殿下がいたら「俺の台詞せりふを盗らないでくれ」とかぼやきそうだけどき違えてはいけない。殿下は次代じだい皇帝こうてい天子てんし様。代替だいたいのない存在なのだから、ね?


 そりゃあ、虎静にしてみれば私も母親、という意味で代わりのいない存在かもしれないがくつがえらない比重の天秤てんびんは揺らぐこともない。私の代わりはいくらでもいる。それが女という生き物の負う宿命なのだと理解している。理解、しすぎてはいけないのだけども。


 理解して納得したフリをしていないと世界の理不尽に踏み潰され、蹂躙じゅうりんされ、取り返しがつかない場所にいきかねない。そんなこと、少なくとも私は許せず、許しがたい。


「ほんに、男前だの、ジン


「……そうかな」


「自覚せい。普通の女は言えぬ」


 そんな突っ込みを喰らった私は定時ていじに腹をすかせた虎静にちちをやり、共に眠った。


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