ひとまず文と、――が来た

二〇一話 四夫人より、お見舞いの文


「あの阿呆あほう、ようやくきっちり理解したか」


「は?」


四夫人しふじんたちからひとまず見舞いぶみが来たからの。ようやっとジンの不安を解消する気が起こったか、不安にさせていると気づけるきっかけでもあったのかはわらわ知らぬでのう」


「……ん。まあ、いろいろな」


 嘘だ。こいつに限って把握はあくしていない筈がない。知らなくていいこと諸々にまで通じているクセに。んな重要項を知らな~い♪ なにそれきつね冗句じょうくかよ、って話になるしな。


 だいたい、あの時、美朱ミンシュウ様たちを出迎えたこいつのことだから上尊妃じょうそんひたちの雷が落ちたんだな、って予想くらいやすいに決まっている。えてこう言うのはなにが目的だか。


 でも、そこに突っ込みを入れない程度には私だって賢明けんめいだと思っている。言ったが最後なにを言いだすかわかったもんじゃない。この天狐てんこはマジでまじめに危ねえからよ。


 私がまま賢明に判断していると冬梅ドォンメイ木簡もっかん四巻よんまきほど寝台脇の机に届けてくれた。


 それぞれに署名しょめいと押してあるいんが違う。亀、鳳凰ほうおう麒麟きりん、龍……じゃないな、なんだこれ最後のは。そう私が首を傾げるとすぐさまユエの解説が入る。蛇っぽいこれは――。


みずち、ぢゃな」


「なにそれ?」


「なーんぢゃ、知らんのか。水のまむしが五〇〇年で蛟となり、さらに一〇〇〇年で龍。龍ほどの霊格れいかくはないのぢゃが、それでも龍の亜種あしゅ程度に考えておけばよいであろうなあ」


 なるほど。とすれば印章いんしょうになっているのは全部霊獣れいじゅうないし、瑞獣ずいじゅうということかな?


 それと印の片隅かたすみに彫り込まれた文字たちはそれぞれ黒、紅、白、青とあるのでこれが各みや貴色きしょくだろうか。桜綾ヨウリン様がいらした黒亀宮こくきぐう。美朱様がいらした紅鳳宮こうほうぐう。あとは元賢妃けんひがいたという白麒宮はくきぐう。そして、元徳妃とくひがいた青蛟宮せいこうぐう。つまり四夫人たちからの文、か。


 殿下名簿によると黒亀宮に雪梅シュエメイ。紅鳳宮に珊瑚シャンフー妃。白麒宮に凛鈴リンレイ妃。青蛟宮に紅楓ホンフェン妃が入内じゅだいした、とのことだったか。とりあえず並びの右から読んでみようと手に取る。


 黒の字に亀の印章。黒亀宮の雪梅妃からだ。「お久しぶりでございます。突然のことで大変驚いておりますが、その後、お体のお加減はいかがでしょうか。殿下は母子ぼし共に健康である、としか申してくださいませんので心配しております」……だって。うわあ。


 私は湧きあがる頭痛を堪えて次を手に取る。紅の字に鳳凰の印章。紅鳳宮の珊瑚妃からだな。えっと「先月の茶会ちゃかいではおもてなしいただきありがとう存じます。殿下は元気だ、の一言切りですし、ぜひとも静様よりご体調のほど伺いとうございます」……そう。


 強くなる頭痛に耐えて次を取る。白の字に麒麟の印章。白麒宮の凛鈴妃か。「この度は皇子おうじ様のご生誕せいたん、誠におめでたくおよろこび申しあげます。お変わりございませんでしょうか? お祝いを持たせようとしたのですが、殿下が――」途中で読まずとも察せたよ。


 殿下、あなたなにしてくれてんだ。四夫人たちの心配をことごとく妨害するって。


 みんな、私と吾子あこ――虎静フージンを思って様子をたずねたりだとか殿下に訊いたりだのお祝いを持たせようとすらしたのを邪魔、というと聞こえ悪いがでも、邪魔したことになる。


 その場にいなくても情景じょうけいがくっきり浮かびあがる不思議。始終しじゅうでへへ、と浮かれた顔の殿下を相手に根気強く私のことを案じているきさきたちの図。……一種の怪絵図かいえずだよな。


 中でもしたたかさでは一、二を争うであろう凛鈴妃と珊瑚妃は相当喰いさがったんじゃないだろうか。この文面ぶんめんからもなんとなくその場のヒリヒリ感が伝わってくるようだし。


 話にならない殿下にごうを煮やし、上尊四夫人――自分たちの講師を担ってくれているふたりに訴えでた。だからこその極秘訪問だったのかも。殿下の阿呆の尻拭いに来た。


 そんで、ものの見事と言っちゃあ悪いが殿下のアレっぷりに雷を落とすはめになっちまったおふたりに心の中で申し訳ない、と合掌がっしょうしておいた。殿下が本当にバカすぎて泣けてきます、私も。ただし、それで殿下が四夫人に見舞いを許すかは謎深いところだが。


 見舞いの文は許した。よし、じゃあ次は顔突きあわせての見舞いを許可しようか?


 ……なぜだ。頑固がんこ親父おやじに一個ずつ許しを乞う、というより幼児に絵具えのぐを一色ずつ借りるのに説得する、の方がしっくりくるんだが。どうなんだろう、その辺の威厳いげんなさは。


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