二〇〇話 上尊妃たちからお説教贈答


 さて、そろそろ現実逃避はやめようか。じゃないと殿下の精神神経それ系統けいとうのアレがぷっつん切れるかもしれん。それくらいねちねちくどくどちくちくお説教されている。


 美朱ミンシュウ様はもちろん、というのは失礼だがもちろんであの温和おんわ桜綾ヨウリン様も美朱様のお説教に乗っかって普通の裁縫さいほう針、というよりは羊毛ようもうなんかを刺すのに使う刺繍ししゅう針が如きお言葉で殿下をぷすぷす突き刺しまくっていらっしゃる。要約ようやくすると、ずかしいですよ。


 ……。ようしすぎだ、って? でもね、それくらいに簡潔かんけつにまとめておかないと私の神経までなぜか擦り切れてしまいそうなんですよ。そんぐらいちーくちくとおっかない。


 皇太后こうたいごう様、あなたが見逃しすぎた結果、他の上尊じょうそんとうときさきたちの雷が殿下のことを襲撃しゅうげきしました。やあ、めでたし、めでたし。で、逃げたいところではあるが無理だねえ。


四夫人しふじんたちが不安に思っていると知っていてどうして放置するような真似をなさるのかしらね。わたくし、授業のたびジンの様子を訊かれて困っているのよ。ねえ、殿下?」


「私の方でもうれいの言葉を数多く頂戴ちょうだいしておりますが、どういうおつもりなのか、ご説明いただけますわよね? でないと静が子育てだけでなく周囲を気にして心労しんろうかかっ」


「い、や。負担を減らそうと思って」


「逆効果でしてよ、完っ全に!」


「ぐう……っ」


 よかったね、殿下。まだ「ぐうの音」がでていっているみたいで。よかあないがよしとしようじゃないか。少なくとも殿下に私の現状、便りなしのつぶてが心労だと伝わって。


 つか、誰だってそうじゃないか。なんの反応もないのってすっげ不気味に思わん?


 それとも殿下ってそういうのない方がいいんだったら今後虎静フージンが成長の証を見せても黙っておいてあげようかな。そうすりゃあ自ずと伝わったかもしれないよね。違うか?


 まさか、殿下。自分には逐一報告してほしいだのとふざけまくったおふざけ吐かないといいけど。上尊のふたりがその話題に触れた。静から吾子あこの成長過程かていの報告がとどこおってもいいのか、とかなんとかだったが。殿下は目をくわっと見開いて「いやだ!」と悲鳴。


 声。眠っていた虎静だけど殿下の悲鳴で少し覚醒かくせいした模様もよう。んん、んんうー……、なんてぐずっている。いたがすぐにまた寝息を立てはじめたので室内の四人ほっとした。


 これ、一番ほっとしたのはもちろん私。おねむを邪魔された時の虎静は、もうホント不機嫌になるので。私と違う点。きちんと人間らしく睡眠欲など備わっているんだな。


 そう発見した日だったが、宥めてもう一度寝てもらうようにするのに半刻はんこくほどかかった悪夢な日でもありました。うん。発見と苦労って表裏一体なのかもしれないと思う。


「ごめんなさいね、静」


「いえいえ。もっと言ってやってください」


「ええと、静? 俺に恨みが募って……」


「他に、なにがあると?」


 我ながらきつかった、きつすぎただろうか。とは思えども正直な感想だったので。撤回てっかいしないまんま虎静の寝顔を眺める。そろそろ小用こようでおしめが湿ってくると思、った通りでねむねむ虎静が気持ち悪そうにしだしたので、服を脱がせておしめを交換してやる。


 新しい、まっさらおしめになったので虎静はまたむにゃむにゃ寝息を立てていく。


 私は濡れているおしめを洗濯用のおけに入れてちょうど上尊妃たちと殿下、私の分もお茶を淹れてきてくれた赤蕾チーレェイに礼を言って寝台のそばにあるたくに乗せてさがってもらう。


 ついでで赤蕾は溜まっていたおしめぐんを洗濯してくれるようで桶を抱えてへやをでていった。私は仮眠明けで喉が渇いていたのもあり、客人にすすめながら自分が一口飲む。


 ああ、生き返るー。干乾ひからびるほど渇いてはいないが、そういう時の水分っていい。


「大変そうね、静」


「はじめてのことばかり山盛り手一杯です」


「そう、じゃあ殿下の面倒まで見て大変ね」


「美朱様、俺に対してとげがありすぎます」


「自業自得ですよ、殿下」


「ちょ、桜綾様までっ?」


 いやいや、集中攻撃すごいな、ホント。でもま、しょうがないって、殿下。あなたの勘違い気遣いのせいで気を張っていつ破裂はれつするか、ってところまでいっていたもの私。


 心配して訊ねること訊くことすべてに「大丈夫」だとかさ。全然大丈夫じゃない。


 と、いうか不安をあおってきていたんだろうか、とすら思えてくるくらいだったぞ?


 なので私から手を貸す真似はしない。てゆうか、そういえばだがそろそろ一月ひとつきなので然樹ネンシュウよう枯渇こかつするんじゃないか。一月前、あまり頻繁ひんぱんに会うのはまずい、ということでちと多めに吸われた。その時は虎静を紫玉ヅイーたちに預けてのおでかけだったのだが。


 ほんの一刻いっこくほどだったが私がでかけた辺りから泣いて泣いて、もういっちょ泣いて大変だったらしい。帰ったらみやユエを除いた侍女じじょたち全員半泣きだった。月は、まあね?


 手伝うっつー頭がないのでひたすらてめえ指で耳栓みみせんしてギャン泣きを無視していたのだとか言っていた。ちなみに芽衣ヤーイーは半泣きどころか完泣きだった。いや、本当ごめん。


 などという珍事っつーかおでかけに際しての宮騒動があったりもしたのだが、また妖気提供にいくなら留守るすにしないとならな、……ひょっとして私を心配して泣いていた?


 虎静、だとしたら母想いだな。少なくとも殿下以上に私へのまっすぐな思いやりがあるように思えちゃうよ。見習ってもらいたいもんだ、殿下に。それもどうかと思うが。


 赤子にならうって違うだろ。普通、はよく知らないが普通なら息子は父の偉大な背を見て大きくなるもんなんじゃないのか。え、違うのか。これって私の誤認識、だったり?


「あら、美味しいわね」


「ええ。月以外、うちにいるあやかしたちは家事能力が高い有能者ばかりですので」


「そう。それで少人数でまわせているのね」


「はい、ありがたいことに」


 美朱様や桜綾様と話す間、殿下は虎静の寝顔を見ながら茶をちびちび飲んでいく。


 無理に加わっても手痛くけられる、とわかっているからだ。そうこうと女性同士で話を盛りあげていくうちに虎静が「お腹減った」で起きたので上尊のおふたりは退散たいさんしてくれた。……のに、このひと、殿下はやっと「鬼が帰った」みたいな顔で茶をすする。


 んで、ことのついでに私の授乳じゅにゅうを見守りだすのでいい加減やめてくれ、と言うべきなのだろうか、このひと。恥ずかしいっつーのによお。でも、忙しくて言えない私です。


 そして、この日も殿下は間際まぎわまで虎静を眺めていたが陽暮ひぐれにお帰りいただいた。


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