一九九話 上尊妃たちにご相談


「授業はまだ当分復帰できそうにないわね」


「あ。あの、申し訳あ」


「なぜ謝るの? おめでたいことなのに」


「あのう、四夫人しふじん、殿下のきさきたちはなにか言っていらっしゃいましたでしょうか?」


 この時、ふたりは完全に同調シンクロして首を傾げた。それだけで答に充分だったかもしれないが私は胸の内にある不安を拭えずいたので思い切ってふたりに相談してみることに。


「殿下は虎静フージンにデレデレで私が不安だ、と言っても大丈夫の一言しかくれなくって」


 そう。殿下、ここへ来ても虎静の一挙一動にでへへ、とするばっかりで私の質問に答えてくれないくらい忙しくしている。私も強く「聞け!」とは言いにくい。我が子が可愛いのは仕方のないことだ、というのはわかるつもりだ。ハオが私を守ってくれるように。


 四夫人たちの様子を訊いても「大丈夫だ」で終了してしまう。しちゃうので私は不安がつのる一方。それに四夫人たち当人たちもなにも言ってこないのがまた怖い、という。


 なにかしら一言くらいはあるかと思っていただけに余計こう、どうしたらいいか。


 彼女たちも後宮こうきゅうでは地位ちいある存在。四夫人なのだからして。それがなにも、殿下のきさき懐妊かいにんと出産になにも言わず、殿下に抗議もしないとは思えない。さらに言えば、だ。


 四夫人の親たちがなにかしら言動を発するのではないか、と虎静が元気に泣くたび、楽しそうに笑う度、余分なことを考えてしまい、そのことで不安にさせてしまっている。


 私が不安だと虎静も不安で仕方がない。母親の精神を敏感びんかんに察して泣いてしまうのをなだめるのは一苦労だ。なにしろ、なにぶん、私の不安が払拭ふっしょくされないものだからして。


 私が不躾ぶしつけな質問だ、と理解してなお訊いたことに美朱ミンシュウ様も桜綾ヨウリン様もしばし微妙な顔をしていたが、ふたり同時にため息をついてくれた。まったくしょうがない、とばかり。


「四夫人たちは驚いた様子だったしすぐにでも見舞いとお祝いを贈りたいって殿下に申し出たみたいなのだけど殿下が今は遠慮してほしいと頼んだの。よくわからないけど」


「なぜ、でしょう? だってみな」


「ええ。いいコたちばかり。みんなあなたや吾子あこがいしようなんて欠片も思っていないというのもわかり切ったことだというのに殿下の心配性なのか、頭バカかは不明だわ」


 ヨ、桜綾様? すっごくさらりと「殿下バカ説」というのを引っ張っていらしたけどそんなに? 私、そんな不安そうな顔をしていただろうか。……ちょっぴり反省だな。


 殿下、たしかにバカかもしれないくらい虎静へのデレっぷりすさまじいはそうだがそれでもそんなはっきり言う? 言っちゃうのか、桜綾様……本当に桜綾様でしょうか?


 ちと辛辣しんらつさがすぎる気がするぞ。それこそ皇太后こうたいごう様ばりに。この間、二週間くらい前だったかな。時間をうっかり忘れて虎静にうっとりしていた殿下を引き取りに来た際。


 私の入内じゅだい日もそうしたような苛烈かれつさで「少しはジンの迷惑を考えなさいっ!」とビシィッと鞭打むちうつように叱りつけてくださったことがあったが、似通にかよった空気を感じました。


 殿下は全然そういう気がなかったようだが、邪魔というか気が散るというか。せめてちちをやるのを凝視ぎょうしするのはやめてくれよ、とは思っていたな、私も。そんなこともあったというかむしろ、四夫人より殿下の方がいろいろ危なくないか、などと思いはじめる。


 でも、なぜ四夫人の見舞いを拒否するんだ。自分の見る目に自信がなくなったとか言わないだろうな。そんなの失礼すぎる。私がふたりに目で確認すると同時に頷かれた。


「静様、皇太子こうたいし殿下がおえです」


「静かに通して。寝ているからって」


「かしこまりました」


 フォンが遠慮がちに声をかけてきた、と思ったらまだ陽が高く、絶好ぜっこうの仕事日和びよりだというのに、お仕事にうってつけの日和ひよりだっつーのにまたも殿下のご来訪ですってさ。まあ。


 今日は心強い味方がいるしな。ふたりも、いるので安心、安心。逆に殿下はびっくりだろうな。上尊妃じょうそんひたちがこのさびれたみやにいらしていることは多分極秘で、だろうから。


 まさか上尊妃たちが遊びに来ているだなんて夢にも、つゆほども思っていないでしょうからそれこそびっくりうっかり叫ばないといいけども、そこは風もいることだし、ね。


「静、今日は新しい玩具おもちゃ


嵐燦ランサン殿下」


 ご機嫌な足音がひっそり聞こえてくる。きていたが扉が開けられて開口一番殿下は玩具どうのを口にしかかって浴びせられた冷たい声ふたり分にビシッと石化せきかしてしまう。


 ああ、うん。たしかに怖い。あの、もしもしお二方様、ちょっと威圧いあつの気配がきつすぎません? でも、つい心配になって見やった先にいる虎静はむにゃむにゃ安眠あんみん中だ。


 す、すげえ。このコ、将来が怖い。すえ恐ろしい、とはきっとこういうコのことを言うんだな。じゃなきゃこんな異国よその怪物よろしい(妃なのにね?)ふたりの殺気さっきがあるのにくーすかぴー、と寝ていられない。……そうすると虎静、神経図太ずぶとい、ってことかね?


 うーん。複雑だなあ、私そっくりだ。親に似ない方がまれなんだ、とはうっすら感じているものの、それでもこんなどうでもいいところは似なくてもよくなかったんじゃね?


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