一九八話 上尊二妃たちのお見舞い


 虎静フージンの様子をちらり。相変わらずくぷくぷ、とよくわからない寝息を立てて眠っている我が子に薄手の掛布かけふをさらりとかけてやって来客なさったおふたりを出迎えてみる。


 で、ふたりがそわあ、と殿下が使っていたものだが保存状態がよかったので梓萌ズームォン様から貰った赤子用の寝台をちら、ちらちらりなさるので私は苦笑して控えめにすすめる。


 と、ふたり足音を忍ばせてそっと近づいてそーっと慎重に慎重に寝台を覗き込む。


 押し殺した歓声。歓喜の悲鳴が聞こえてきて虎静が首だけ寝返りを打つ。小さな唇がもごもごしているが、なにか食べている夢だろうか。夢の中で腹をすかせている、と?


 忙しいやっちゃな。起きている時だって腹が減った時は私のちちを存分に吸っているだろうに。アレか、おのこだから余計に腹が減るんだろうか? わからん、その辺の常識は。


「さっき泣き声が聞こえていたけど」


「あ。退屈だっただけみたいです」


「そう。ならいいのだけど」


 なにがどういいんだ。なんて訊くに訊けずいる私である。美朱ミンシュウ様は特に子がいないので余計かもしれないが気を遣ってしまう。桜綾ヨウリン様は、なんかとろけた表情でおいでだ。


 どうかしましたか、あなた。どうしたの、その顔というかそんな表情しちゃって。


 あなただって優杏ユアン様をご出産なさったでしょうし、子育ては経験済みじゃないの?


 それとも他人の子は別腹(?)なのですか、ってのも訊けないでいる私である。どうしようか、この状況。てかどういう状況だよ、これ。こんな上尊じょうそん四夫人しふじんが揃って訪問なんてしたら皇帝こうてい陛下のあれ、一般妃いっぱんひだのと呼ばれていたひとたちが不穏ふおんなんじゃねえの?


 こう、皇帝陛下の話ではなにかしでかすかもしれないだーなんだーこうだーとか。


 そんなようなことを言っていなかったか。それともこれは私の記憶違いだ、とかそういうオチだったりするのかしら。いかん。困惑のあまり自分が不明になっていますよ。


「ふふ、美人だこと」


ジンに似たのかしらねえ」


「え。殿下じゃなく、て?」


「殿下、というよりは静じゃない? ほら、この髪の毛の艶感はどう見たってねえ」


 えっと、毛根もうこんが強くて頑丈がんじょうな髪ってこと? 将来の毛髪もうはつ事情にうれいなし、だとか?


 後宮こうきゅう皇族こうぞく以外でいる男は宦官かんがんだけ。頭髪、というよりひげなどといった毛が薄い印象を受ける。その分、中性ちゅうせい的でもあって。そんな中でもつらが綺麗だと相応に噂になると。


 うちの侍女じじょたちはそうした話題に興味がない、もっと言って人間に興味がないのでその手の噂に喰いつくこともなく、それよりは私の体調を気遣いながら虎静を気遣って。


 と、まあ。この金狐宮きんこぐうでのあるじ親子最優先! を貫いている。……いやはや、侍女のかがみだよね。そう毎度思うがままに感想を述べているんだが当妖とうようたちは照れ笑いするだけ。


 はにかみ笑ってなんだか「おそれ多い」とでも言いたげだ。その謙虚けんきょさをどこぞのきつねに見習わせてやってほしい。ほしいがこの狐はあやかしの中ではかなりの高位こういたる存在。


 よって、普通のあやかしであるみなではそうそう口だしできないのだそうな。螺子ねじが飛んだのに高位、という称号しょうごうはちょい違うが気違きちがいに刃物と似たり寄ったりなのでは?


 だなんて私などは考えちまうがまあ、うん。私もたいがいに普通じゃないのでな。


 人間でありながら身の内に鬼妖きようを囲う。普通じゃないのでユエに普通じゃない普通さで口を利く。他のあやかしであるみんなが「ひえっ」とか思っちゃうようなことでもね。


 この前も冬梅ドォンメイを連日晩酌ばんしゃくに誘う月に注意を飛ばしたものだ。いかに強いだの、いける口だの言ったって月ほどじゃない。あの狐は本当に化け物並みにアホほどの酒豪しゅごうだし。


 冬梅はそりゃ強いかもしれないがすぎれば当然二日酔いの軽いのに悩まされる程度には酒への耐性が月のように上限かぎりなく、とはいかない。なのに、頭痛を抱えても職務に励んでくれるいい女性だ。私が冬梅に肩入れしたくなるの当たり前だろ? だっつーのに。


 あの時の月ときたら超不服、と言いたげなそういう顔だった。不可解だ。不明すぎるこの狐。当たり前のお叱りになぜ不服不満がでてくるんだ。私は不思議でならないぞ。


「お名前は決まったのかしら」


「はい。「虎静」、と殿下が」


「まあ」


 ええ、はい。まあ、ですよね。上尊妃ふたりの声が揃ってしまったのは仕方ない。


 だって、ねえ。殿下? 私のこどもだっつったって「静」の字を当てるのはさあ。親バカというよりバカ親だと思われても仕方がない。主張しておく。私の希望ではない。


 それほどは主張させてもらいたい。いいけどさあ、名前ひとつでごちゃごちゃ言いたかないし。でも、私発案だと思われるのはなんか不名誉。自意識過剰じゃねえか。な?


「殿下の静好きには困ったものね」


「ええ、まったくだわ」


 が、上尊のおふたりは私が訴えるまでもなく殿下の意図いとを、思惑おもわくに引っかかって零すように笑った。少なくないあきれが混ざっていたのはまあ、うん。ご愛嬌あいきょうということで。


 よかったね、殿下。あなたの私愛わたしあいがおふたりに伝わって、よかった、のだろうか。だってこれって普通、通常、一般的にはかなりずかしいことなんじゃないでしょうか?


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