一九六話 ああ、忙しき子守の日々


「んー、んうんええええっ」


「ぅ、なに?」


「親子仲良なかよおに昼寝かえ?」


「っせえなー、一寸ちょっと一瞬すこしほどだろが」


「おおう、乱暴な口を利く母ぢゃて」


 誰のせいだ。そう咄嗟に突っ込むことも忘れて私は寝ぼけまなこをこする。いかん、子守こもり疲れでうっかり寝落ちしてしまうとは。私でも相応に気を張っているんだなあ。へえ。


 あふ。欠伸がでる。夜眠れるだけありがたいが、それでも疲れてしまって昼寝が必要になるんだ。子育てって大変だよなあ。緑翠リュスイ紫玉ヅイーたちの子は夜泣き常習じょうしゅうだったそうで今の私より子守ひとつでだいぶやつれてしまった。そんな笑えん笑い話をしてくれたし。


 当時、もううん百年以上前だが、適正体重こそ死守してもがっつり重さが減っただのというお話も頂戴した。なのに、乳はせなかった、とも。う、羨ましい。私なんて。


 元々残念な質量しかない乳が赤子の為にちと張っている一時的な乳肥大な感じでこれって授乳が終わったらまた残念まで縮小されるんだろうか? そう戦々恐々なのにさ。


 ふたりは赤子を産んでから胸が大きくなったと言っていたがそれ本当? 元から私よりは質量があったんじゃないか。だって、私のは千切れそうに張ってもそこほどじゃ。


 ダメだ。考えていて悲しくなってきた。このコが喋りだして最初の言葉が「ない」とかだったら私当面立ち直れなくなるかもしれん。あ、これもちろん私の胸を触りながら発した言葉がない、だったらっつー仮定のお話。うれうだけ損なんじゃないか、とはまあ。


 なにか言う時は言うし、思うことは自由だから好きにしていい。お母さんの胸の残念さに思うことがあるならどうぞご自由に言ってくれて結構。ただし、お父さんがなあ。


 殿下が赤子相手であろうと本気で怒りそうなのがなんとも言えず、ではあるけど。


 ひょんなことで殿下発言がトドメになっちゃうことだってあるかもしれないんだ、要注意で会話を振らないと爆撃されて痛手を負うのは私だ。……はあ、母って忙しいな。


 忙しいのは今にはじまったことじゃないからいいけど今日はなにかある日だっけ?


 でなければ、ユエがわざわざ起こしに来るわけないんだから。それとも個人的用事でもあったのか。このきつねは時たまよくわからないのでへたに迂闊うかつなことが言えねえからさ。


「なんか用でもあったか?」


「ん。まあ、ちょいとな」


 なんだ、なんか気になる物言いしやがって。ほんのちょっとした用件であり、今となってはどうでもよくなったのか。はたまた勝手に解決してしまった。そんなところか。


 どちらにせよ、そんながっついて訊くほどのことじゃあなさそうってのが雰囲気ふんいきにでているし、いっか。もしもなにか重要項ならそのうち言ってくるだろうし、気にしないでおこうっと。それより今私が気にして、気にかけるべきは断然こっちに決まっている。


「ふええええ、ええええん」


「んー、どうした?」


ジンはつまらんのう」


「は? なんだ、急に」


「赤子に接する母親のほとんどが「でちゅねー」だのと言いおるが一切ないからの」


 んなもんてめえの偏見へんけんだろ。……まあ、たしかに一年の旅路で赤子に喃語なんごで話す母親という図はいくらか見てきたが、あんなもん恥ずかしくてできるわけねえだろ、ボケ!


 私があんなしゃべり方はじめちまったら子育てで頭がおかしくなった、と思ってくれ。


 忙しいんだもの。そりゃ、みやのみんな手伝ってくれるし、参加させてほしいと申し出てくれるができることは自分でやりたい。はじめての子、だというのもあるけど……。


 なんとなく、過去の私だったらどうしてほしかっただろう。なんて思ってしまう。


 私は泣けど待てど救いも助けもきもちなさけも与えられないままハオの救いがあるまで泣き喚くまま放置された。人間は、私の両親は私になにもしてくれなかった。だから、私は。


 なんて、安直な理由だが宮の侍女たちは理解を示してくれた。ありがたいことに。


 私のゆずれない点。ただ一点にかかる私の理由は重く小さいが故にみんな淋しそうだったが引きさがってくれた、というわけだ。ただし、風呂やお手洗いの間は手を頼むぞ?


 吾子あこ――虎静フージンのはじめての風呂というか沐浴もくよくは経験豊富なあやかしの先輩方に教わりながら「大丈夫か、溺れたらどうしよう」なんて恐々乗り越えたし、どうしても蓄積疲労が抜けない時は仮眠するからその間の子守はお願いする。宮のみんなに、順番交代で。


 みんな、には芽衣ヤーイーも含まれている。こどもに赤子の世話ができるのか、って? 心配ご無用ってな具合に経験がない者は必ず経験者と組んで職務に当たってもらっている。


 それにだ。いざ芽衣ひとりに偶然なったとしてもその時は私を起こせば済む話だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る