出産騒動のち、彼の方から特別な贈り物

一九一話 とんでも出産から……


「ふええ、ふえ、ふえええぇああ……」


「んん、はーい」


 私と殿下の間にできた吾子あこのびっくり誕生たんじょうから早三日。私は赤子の「お腹すいた」の催促さいそくにすっかり慣れていた。順応じゅんのうが早い、って? いや、もうなんというか……麻痺まひ


 けっして順応しているとかじゃなくって単純に感覚が麻痺しているだけで泣き声に応えていろいろとお世話を焼いている、追われているだけでもう、究極忙しいだけだよ。


 それにこのコ、夜は寝る前にしっかりちちを吸って寝てくれるので夜中に起こされるということなく、しっかり睡眠も取れていて体調もいい。私がつらいようならお世話のお手伝いはいくらでもしますよ、と心強いすけが三人もこのみやにはいてくれるので無心配むしんぱい


 まあ、その代わり朝が早いんだが、このくらいはでもなんでもない。話に聞いただけだが世の中には、一回の授乳じゅにゅう量が少なくて夜中に何度も起こされるひともいる、と。


 しかも、そういう場合母の乳は張るまでいかないので代わりを用意しなければならないのだとか。動物の乳に野菜の煮汁にじるを混ぜて栄養がかたよらないようにした代品かわりをつくる。


 それを布にひたして湿しめらせるか、代用乳首ちくびなどをつくってそれから飲ませるそうだがこれがすっごく難しいらしい。特に人工じんこうの、代用の乳首の場合、動物のちょうを使うのでつるつるして赤子あかごも母も苦戦するのだとか。上手に飲めなくて飲ませられなくて疲労三乗さんじょうに。


 三倍だのじゃない。三乗だ。考えただけでぐったりするが、金狐宮きんこぐうつかえる侍女じじょの中で一番の年長たる砂菊シチウは多方面に経験豊富で私の体調と子の様子から献立こんだてを考案する。


 赤子だけでなく私の排尿回数、便の状態などから健康状態をさっくり簡易かんい診察してこれこれこういう栄養が不足気味だから次の食事でおぎないましょう、とか。乳の量を増やすのにこまめな水分補給や普段食べない点心おやつを食事時間外にだしてくれたりとか頼もしい。


 お産や助産の経験がある緑翠リュスイ紫玉ヅイーたちは乳母めのと役でも他のお世話でもお疲れの際はいつでもお申しつけください! と言ってくれてこちらも非常に頼りになる。なるけど。


「ふえぇ、ふ、ん、んくんく」


「やれやれ、毎朝いい目覚ましだ」


「お。今朝もぼうは早起きよのう」


ユエ。そっちに響いたか~?」


「いや、そろそろ泣くかと思うての。ほれ、ジンも寝起きで水分が切れておるぢゃろ」


 なんだか慣れてしまった授乳じゅにゅうをはじめてすぐ月が寝室に顔をだし、私の水分不足を指摘して寝台そばにある小さな卓に鉄瓶てつびんで沸かした湯と湯飲み茶碗ちゃわんぼんを置いてくれた。


 いつもだった。子が生まれてから月はこうして朝一に湯を沸かして寝室まで持ってきてくれる。今日はいつもより早かったので侍女べやまで泣き声が届いたかと思ったけど。


 なんか、このきつねもこのコの早起きにたった三日ですっかり慣れたらしく早く起きて用意してくれたようだ。まあ、それを言えばみやの侍女みなに言えることでなんというか。


 どうやら宮のみな、私の出産の急さに驚いたがそれ以上に吾子の様子が気になって気になって。ついでに言うと可愛くて可愛くてたまらないようだ。……その影響なのかな?


 みんな仕事が早くなった。いや、今までも仕事きっちりさっさとしっかりしてくれていたがより力を入れつつ、手抜かりなく即行で終わらせて吾子を見に来る日々である。


 特に芽衣ヤーイー。勉強をしているはしているが休憩きゅうけい時には必ず寝室に顔をだし、吾子が寝ていたら眺めるだけにとどめ、起きていたら恐々だったが頬をつついたり、手に触れたり。


 それはもう、芽衣自身にきょうだいが生まれたかのようなうっとりぶりでふにゃあとデレデレになっていらっしゃられる。私がちょうどお手洗いにいって帰ってきた時の顔からしてもぞっこんですよ。可愛さのあまり顔が弛緩しかんしっぱなしになっているみたいだし。


 それこそ気を緩めすぎないの、と砂菊に叱られていたこともあったが珍しく反論していたっけ? 私が産んだ子が可愛いから会いたいと思うのは当たり前です、とかって。


 まあでも、それだってどこぞの「誰かさん」に比べたらとっても可愛いもんだが。


 その誰かさんは毎日のように宮を覗きに来るようになった。四夫人しふじんたちへの説明はどうしたのですか、と訊くもうわそらで我が子を構ったり眺めたりに忙しくしている始末。


 そう、殿下。皇太子こうたいし殿下が困ったことに入り浸り通り越してねえか? ってくらいレベルで入り浸っている。が、一応四夫人たちには説明してまわったはまわったと私は梓萌ズームォン様から聞いたというか訊ねて答を頂戴した、が正しい。んで、殿下について申しあげたが。


 しょうがない、と言いたげに言わんばかりで苦笑いしていた。こればっかりは皇太后こうたいごう様もいさめられない分野ジャンルの「困ったさん」みたいな感じでまるで「見逃してあげて」と。


 そんな感じ雰囲気ふんいきだったし、私が言うのもなんとなくやりにくい。だって仮もなにもなくこのコの父親なんだもの。ちょーっと溺愛できあいがすぎる気がしないでもないのだけど。


 欠伸ひとつで大騒ぎだ。笑おうものなら眩暈めまいを起こしてよろける。この調子でいったら喃語なんごひとつ発音しても卒倒そっとうするか、幸福鼻血(?)とかで痴態をさらすの必至ひっしだよ。


 私が水性すいしょうの女、冷静な母の立場だからか、わからないがそこまで騒ぐ事態か? とか思ってしまう方がおかしいのだろうか。欠伸など生理現象。笑うのも自分をじっと飽きもせず見つめるデレ面の殿下の顔が面白かった(失礼か? いっか)からじゃあないか?


 私の方はもうすっかり母乳ぼにゅうをあげるのにも慣れていて子が泣こうが笑おうが落ち着いたものであるが、殿下は泣けば狼狽うろたえ、笑えば天に祈るようにして感謝を捧げている。


 ……大袈裟おおげさすぎないか。そんなことで一喜一憂、とも少し違うがでも振りまわされていたら身がもたないだろうに。つーか、恥ずかしくないのだろうか? なんて思った。


 あんなみっともない(というのも酷評こくひょうだけど)姿は他人ひと様に見せられないからな。


 それを考えると殿下はいったいどういう面で四夫人たちのもとを訪問して説明をしたのだろうか。まじめにやってくれていればいいんだけど、私も挨拶にまわりたいところだったがまだ吾子が生まれて間もないというので心配してそばにいよう、と考えたわけだ。


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