一九〇話 陛下と殿下のお喋り横で


小燦シャオサンはもう抱っこしたかしら?」


「はい。最初はもうかちんこちんでしたがおふたりがいらっしゃる頃にはあやすこともできていましたよ。いい父になれそうで私としては安堵あんどしております。……それが?」


「わたくしも抱いてよいですか?」


「あ、ええ。もちろん」


 もちろん、と言いつつ私は赤子あかごの口から自分の指をよいさ、と引っ張りだしてよだれを自分の斉胸さいきょうの服すそでふきふきして皇太后こうたいごう様に渡した。梓萌ズームォン様は嬉しそうに赤子を預かる。


 生まれたばかりなのにもう結構しっかり髪の毛がふわふわしている赤子に皇太后様はふふ、と笑って過去を見る目、となった。赤子の頬をふにふにしながら懐かしむのは。


嵐燦ランサンも、こんなふうに髪の毛がふわふわしていて血色けっしょくのいい頬で生まれてきたわ」


「そうなんですか。じゃあ、殿下似ですね」


「……そう? 髪質はジンに似ているわよ?」


 気遣わせて、しまった、かな? 私に生後間もない時の姿を語ってくれるひとがいないというよりいなかったから。この吾子あこが私から生まれたというあかしを指摘してくれた。


 不甲斐ふがいないような。でも、嬉しい。こんなふう、誰かに存在を認めてもらえたことがこれまでになかったことなので嬉しいです、皇太后様。厳しいが、とても優しいひと。


 梓萌様は吾子を抱っこしてにこにこ笑っている。ああ、やされるな、この笑顔。


 それにここほど喜んでもらえたらあのすっごくしんどかった産みの苦しみも報われるように思える。アレは本当に人生経験まだ浅い私だが生涯しょうがい上位にぶち込んでいい筈だ。


「まあまあ、可愛い。それにしてもあの小燦がこんなにも早く父親になるだなんて」


「私、まだ実感が湧きません」


「あら、そうなの?」


「なにぶん急、ものすごく急だったので」


「……それもそうね。わたくしたちも驚きましたが、当人こそびっくりですよねえ」


「ええ、すごく。ものすっごく。おめでたいことなのですが、どうにも驚きが勝ってしまっていてちょっと、そうですね、なんと言っていいやら、整理がつかないというか」


 そう、整理整頓して話に参加すべきだが、まったく整理のせの字もならない状態なので話に口を挟めずいる。ひとまず陛下と殿下はもうしばし、皇帝こうてい皇太子こうたいしでいるよう。


 いや、うん。御子みこが生まれたすわ即陛下の退位たいいで殿下が即位そくいか!? とかそういう手のことは考えていなかったが、まあ、そうだよなあ。殿下だって心が準備不足だよね?


 準備万端ばんたんだったらお父様を蹴落けおとす気だったのか? と人間性にんげんせいを疑うところだが、殿下も私と同程度困惑しているし、もうちょっと驚愕きょうがくが去っていないご様子であるしさ。


 私のこの爆速ばくそく懐妊かいにん出産にびっくり仰天ぎょうてんしていてどういう措置そちを取るのがいいかわからずいる模様もよう。それは皇帝陛下も同じだろうにいろいろと想定をつくっていてくれたらしく私が普通の懐妊だの出産だのにならなかったら? というのを考えてくださっていた。


 とりあえず聞こえてくる話の断片だんぺんを拾うに陛下の一般いっぱんたちには伏せておくが、上尊じょうそん妃たちには周知しゅうちさせておく。それと殿下の四夫人しふじんには殿下から説明を行うように、と。


 そういう話になっているっぽい。ただ殿下は心配そうに表情を曇らせている。もしも四夫人が私に嫉妬しっとのあまり狂気きょうきを抱いたら、というのをあんじているのと私の体質からだについて説明してもいいものか迷っているようだ。私は隠し事がなくなるはそうだがまあうん。


 殿下はむす、としているがアレは不機嫌からではなく不安のむっつり顔だ。私の秘密を暴露しなければならないことに苦しみと悲しみを抱いてくれている。すべてを話す。


 そのことで私がつらいことを思いだしはしないか、苦しかった記憶を引っ張られはしないかと案じてくれている。だが、ここで説明しないのは悪手あくしゅだ。だから、私は、全然。


 いつかは知れること。それが亜光速あこうそくでやってきただけだと私は納得している。このコの為なら私の体の秘密やちのことなど瑣末さまつだ。伝えてその日は休むことにした。


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