一八九話 見舞いの皇帝陛下情報によると


 んで、そのままはむ、と私の指をくわえてあむあむ、としゃぶりだす。……まさかだが母乳ぼにゅうのおかわり、じゃないよな? そんなにぐいぐいやられたら私のちちが消えるよ。


 いや、本気で本心まじめに吸われすぎて乳消失、とかなったら洒落しゃれにならんだろ。


 ただでさえ、女としてしょんぼりな質量しかないっつーのにそんな、つるりんぺたーとなっちゃうなんてよしてくれ。んなもん母親としてはかがみかもしれんが女が終わるぞ。


 いやだ。まだ私これで十代なんだ。まだ女終わりたくないっ、てのは我儘わがままですか?


「では、ジンの中の鬼妖きよう妖力ちからが影響して?」


「ではないか、と俺や静が推測しているだけですよ、母上。しかし、四夫人しふじんみやから遠い立地にしておいてよかったです。まさかこんな形で助けられるとは、いやはや……」


「いやはや、ではないだろう、嵐燦ランサン


「父上?」


「まさかこんなにも早く静の后妃こうひの座が盤石ばんじゃくになろうとは誰も思っておるまい。そうなれば吾子あこの暗殺なども警戒せねば。四夫人が無害であろうとちんきさきは別問題がゆえにな」


 陛下の妃? なぜここで陛下の妃がでしゃばってくるんだ。陛下にとついだのならもう三十代半ばから後半だろうし、第一に上尊じょうそんの妃たち以外は後宮こうきゅうに残るか不明なのでは?


 もしや、乳母めのと候補に立とう、で私たちの子を横から奪って自分のだ、と主張して、ってのはちといきすぎた誇大妄想こだいもうそうだが。警戒すべきではあるかもな。その妃たちは陛下のちょうをえる機会をそこなった。えられなかった。ともすれば過激な行動にでてもおかしくは。


 乳母を頼むとして出産経験のある緑翠リュスイ紫玉ヅイーもしくは砂菊シチウ辺りが適任だと思っていた私としては現皇帝こうていの妃たちの手なんてわずらわせられません、とお断りする気でいるけど。


よこしまな考えの者がいる、と?」


「わからん。新しいお前の四夫人入内じゅだいしぶった者が結構人数いたのでそれであんじているだけだが、正直不明だ。朕がねやの相手をせんだった、と言って梓萌ズームォンに嫌がらせをしたことで実行役は追放したはしたが、主犯が潰えた、と考えるのは時期尚早しょうそうだ、とは思うぞ」


 なるほど。それはたしかにそうかも。


 てか、梓萌様に嫌がらせって……勇気あるなあ。私だったら計画段階、に乗る以前の問題で辞退じたいする。つか、最初から関わらないでいる。あとが怖すぎる。皇帝陛下のお沙汰さたもそうだが、梓萌様からの仕置きというか説教が入ったら恐怖でる、と思うのでね?


 このひと、本当に口が立つ、じゃないがこう、なんと言っていいかわからない未知の鋭い言葉を切り貼りして「どうぞ?」と寄越してきてくださるのですよね。うんうん。


 これで、この恐怖を知っていてなお挑もうというのはなにかな? 変態さんかな?


 なんか、世の中には喜んで自ら進んで鞭打むちうちにしてくれ、と申し出る特殊性癖のひとがいるらしい。……ぶるぶる。私は残念もなにもなくそんな性癖ないので丁重辞退だ。


「静」


皇后こうごうへい」


「それは、あなたでしょう? ね?」


「ですが」


「いいから。そうよね?」


「……はい、皇太后こうたいごう様」


 折れた私が答える。言い直したら皇ご、じゃなくて皇太后様はにっこり笑って私の指をちゅぱちゅぱしている赤子あかごを覗き込んできた。おのこなのに薄紅うすべに色のふっくらほっぺを皇太后様もつく。赤子は不思議そうに皇太后様を見ている。で、彼女が微笑むと「?」と。


 まだ当たり前に据わっていない首がふらふらした。殿下に似た雰囲気を感じて疑問に思っているのだろうか。それとも本能の域で祖母、おばあちゃんだとわかっている……?


 いや、だがしかしずいぶんと若いお婆ちゃんだなあ、ってのは私だけの感想じゃないと信じたいというか信じている。だって、まだ三六歳だぞ。女ざかり、なお歳じゃない。


 違う、とか言われたら私は自分の常識をまじめに本気で疑っちゃいます。でしょ?


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