一八八話 自分がなったからこそ不明だ


「うー、あーうー……」


「可愛いなあ」


「はい、可愛いです。とっても」


「ああ、俺の、俺とジンの子だからな」


 わお。殿下、早速のろけというか我が子自慢ですか? いや、これはどちらかというと私との間のこどもだからという自慢(?)でしょうか。赤子あかごってみな可愛くないか?


 と、いう意見は私だけのものだろうか。みんな自分が産んだ赤子が一番だと思っちゃうものなのか、というのも私にはわかりかねる。だって、私は可愛くなかったんだし。


 だから、生贄いけにえに選ばれたんだもの。でしょう、そうなのでしょう? じゃなきゃ。


 こんなに可愛い我が子をどうして捨てていいから恵みをくれ、と言えるだろうか。


 切迫、逼迫ひっぱくしていたのはわかるようでわからないけど。でも、おかしいじゃない、そんなの。生まれたばかりでちちももらえず、えてかわいていたというのにらないって。


 山奥の祠前に捨ててもいいなんて。鬼妖きようを宿してからは「恵みの水」をわけろと言ってきたし、一度だけ陰でこそこそと「私が産んだのに」と言っているのを聞いたっけ。


 だからそのひとが母で、隣で同意し頷いているのが父だと知った。確証はなかったものの野性の勘、というやつか。そのふたりが両親だ、と当たり前に知ってそして……。


 そうだな。早々に私はそいつらに見限りをつけた。そういやあ何度か、自分たちは私にとって特別な存在なんだから妖力水ようりきすいを寄越すべきだと言ってきたことがあって私は。


 その度に私は意地悪いじわるく質問した。なぜ、と。なぜ私がてめえらを特別視しないといけないのかわからないから理由を述べるように言ってやった。そして必ず黙り込んだな。


 そうして繰り返すうちに主張することをしなくなったので私はしてやったり、と思う反面とても淋しかった。言ってくれればよかったのに。見苦しく言い訳を並べてでも、自分たちはじつの親であの時はああするしかなかったと。本当は私を大事だいじに思っていると。


 言ってほしかった。嘘でもいいから。けど、それすらやつらはしぶった。私のことを心底嫌悪してか、産んだと言いながらそうしたくなかったのか。望まぬ子だったんだろ?


 それはそれで言ってくれればよかった。そうしたら私は今この時も「きょうだい」たちに、あの幸せそうに愛されている者たちに「小姐ねえさん」と呼ばれたい、なんて――。


 そんなこと考えずに済んだんだから。そうなってくれていれば、私は無駄な夢想むそうを向ける先をなくしてその分、私自身を大事にできたかもしれないのに、もったいない。憧れというみつをちらつかせるだけで乳同様吸わせることをしなかった。卑怯ひきょうだし、最低だ。


 産湯うぶゆの代わりに冷水ひやみずにつけられている私に見向きもしなかったクセに。無慈悲極めて捨てておいて。本当も嘘も述べず黙ったままだったあいつらの顔も全然浮かばないな。


 つまり、どうでもいい存在だ。でも、今ここにいてくれるふたつの命は違うから。


 殿下は抱っこに慣れてきたようでゆらゆらと体を揺らしてあやしてくれているし、赤子は赤子で殿下のゆらゆら、にきゃっきゃ、と言って喜んでいる。微笑ましいだね。


 そうしてなにもないようで満たされた有意義な時間がしばらく。不意に階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。次いでトントンと扉を叩く音がした。殿下は首を傾げる。


「どうぞ」


「静?」


「殿下、お願いできますか?」


「? なにを」


 扉にどうぞ、と言った私は続いて疑問顔の殿下にお願いしたいむねを伝えて寝台から体を起こして赤子を預かった。で、開いた扉の外を見て頭をさげた。殿下は、硬直再び。


「静、大丈夫なのですかっ?」


「な、なは、母上?」


「静、話はおおよそユエから聞いた」


「なん――っ、父上までっ!?」


 殿下びっくりしているが、そんなひまないというかなくなると思うので私は無言で応援を送っておき、私の腕に帰ってきた我が子に頬を擦り寄せた。赤子は「きゃー」と言って喜びの歓声をあげ、今度は両手で私の髪を捕まえて口に入れようとするので私は苦笑。


 片手で髪を放させて背に払い、ぷにぷにの頬をつついて構ってやる。うにうに、とつっついてやるのを赤子は嬉しげに受け取って、いるだけでなく私の指を捕まえてきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る