一八七話 石化もほどほど。現実見て


「……子?」


「はい。私と、殿下との」


「え、え? ちょ、待てジン。え?」


「お気持ちはぼんやりわかります。私も、というか私こそ驚くひますらなく生まれて」


「こども……。俺と、静と、の子が生まれ」


 わなわな、と殿下が手を震わせているのが見えて私は少しぎこちないが微笑んで殿下に子の顔がよく見えるようにしてみせた。黒い強そうな髪は私譲りかな。目はまだ開かないよね? というか寝ているし。なんて思っていたら通じたのか、あふ、と欠伸の音。


 そして開かれた目は、なんというか殿下によく似た黒だった。黒真珠くろしんじゅのようなきらめきを帯びているんだけど優しくて柔らかで……。それがぼんやりと私、殿下と見ていく。


 んで、なにを思ったのか自分の小さな親指をはむ、とくわえてもう片手で私の乱れた髪の束を掴んでくいくい、引っ張って遊んで、いるんだろうか。嬉しそうにこにこと。


 親指をちゅぱちゅぱ吸っているのを見て私はつい先ほどの授乳じゅにゅうを思いだしてちと赤面してしまう。と、殿下がそーっと赤子に手を伸ばしてきた。つん。指先で頬をつつく。


 すると、赤子は「?」と指を吸うのをやめて殿下を見てきょとん、として見えた。


 殿下はそれでも赤子の頬をつん、つんつんと遠慮がちにそっとつっつくばかりだ。


「殿下、抱いてみられますか?」


「ぅえっ!?」


 ……。殿下、あなたの子なんだから抱っこくらいでそんなに狼狽うろたえないでよ。つかもしやいやだ、とかそういうこと言わないだろうな。私が首を傾げると殿下はぼそりと。


「俺が、抱いて大丈夫、か」


「大丈夫もなにもあなたのこどもですよ?」


「泣かない、か。ぐずったら俺はどうし」


「その時はその時です。私とておっかなびっくりでしたがちちもやったんですし。殿下も男を見せるべきではありませんか。取りあげてくれた緑翠リュスイによるとおのこ、だそうですよ」


 男、というのを強調して言ってみると殿下は一度拳を握って深呼吸し、寄ってきて私から慎重、すっげえ慎重におくるみの赤子を受け取った。赤子は先まで抱いていた私の温度と違う熱に抱かれて一瞬きょとん、としたようだが、握っていた私の髪を放した。で。


 殿下に片手を伸ばして「うー、うー」と何事か訴えているようだが、いかに規格外に超速懐妊陣痛出産授乳だったにしてもさすがに言葉は、喃語なんごであれまだまだだろうよ。


 これで喋りだしたら私は卒倒そっとうする自信がある。殿下は、といえばかちんこちんに硬直こうちょく抱っこ状態だが、赤子が自分に手を伸ばして嬉しそうなので片手を外して差しだした。


 赤子は殿下の大きな手を見て目を真ん丸くしたようだがすぐさまその手、その指を小さな小さな手で掴んで捕まえて「ふふーっ」とご機嫌よろしく楽しそうに笑っている。


 私は殿下にそばにある椅子をすすめてから自分は寝台に横になった。疲れたよお。


 はらの中で大事に育てる、なる過程かていをすっ飛ばしての出産だったので余計に疲れた。私の疲労困憊こんぱいぶりを見て殿下は赤子と私を見比べておろおろしたが、私は目で遠慮した。


 忙しい殿下だもの。赤子とこんなふうたわむれる時間なんてそうそう取れないでしょ?


 だったら、私のことはいいから今は、今だけはそのコの為に時間と手を割くべき。


 それに、ユエの伝言というか報告がいったならすぐに「あの方々」もいらっしゃる筈だからこそ、殿下には我が子とのこの貴重な時間を堪能たんのうしてもらわないともったいない。


「静、体はその、大事だいじないか?」


「今のところ平気そうですし、なにか異常があれば緑翠や紫玉ヅイーたちが言ってきます」


「いや、だがしかし俺はなにがなにやら」


「ご安心を、殿下。私もですから」


「……の、わりに落ち着いていないか?」


「そう見えるのなら光栄です」


 そう。こう見えていまだ頭の中は大混線パニック中だ。もうもつれに縺れてこんがらがるどころでなく脳の回線が各所で固結びになったように我がことなのに謎すぎてもはや神秘だ。


 神秘、というと聞こえがいいな。実際はどうなのやらってぐらい目がまわる、との表現がしっくりクる感じ? なんかもう、もう、いろいろと急展開で疲れましたよ、私。


 だけど、のんびりしている場合じゃない。こんなびっくら超特急で生まれてしまったこのコのことで四夫人やらの諸方向に連絡を入れないと。ただのおめでたじゃないし。


 こんな音や光もついびっくり二度見しそうな超速で懐妊から出産はじめての乳まで終えたのには私の特異とくいさが詰まっているに決まっている。あやかしの力が影響している。


 私の中に渦巻く妖気ようきが栄養になった。とかそういう説なんだろうが、ちょっと栄養過多かたじゃねえか、これじゃあ。でも、一応無事に生まれてくれたし、それでよしにしよ。


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