一八三話 どうしたものか、だったのに


 これ、他のきさきたちには伏せておいた方がいいよな。私が先に殿下と抜け駆け夜伽よとぎにいたっていたと思われても仕方ないだろうし、そうなったらいかに四夫人しふじんがアレでも黙っていないもの。私も責められるだろうが、殿下が梓萌ズームォン様の説教どころでなく責められる。


 どう、どうなるんだ。結局、というか私が原因でドロドロ後宮こうきゅうになっちゃうのか?


 い、いやだなあ。せっかく殿下が厳選に厳選を重ねたっていうのに、さ。やめて、こらえてというか本当に現実にならないことをと祈るばかりだ。だが、ことがことだしな。


 果たしてどう釈明したら誠意と真実が伝わることやらというのも心配だけど、一番の心配はこの腹にいる(と、ユエが推測しているだけだが)こどもがどうなっているかだ。


 そんな、人間の体の構造上すぐ妊娠にんしんなんてアホの夢物語だが、あやかしの力が濃く宿る私だからあやかしあるある、というのがありえていそうで怖い。大丈夫、かな本当?


 まともな姿で生まれてきてくれるといいんだが鬼のように角があったり、牙が飛びだしていたら……不貞ふていを疑われかねない? いや、それはないというのは殿下が知って。


 ……これって殿下に言っても大丈夫かな。いや、だって受精卵ができあがって懐妊かいにんが確定しているとしてそれが数刻でったなら、生まれるまで何日かかる、のかしらね?


 生まれてから言ったら怒られるし、今言っても驚きとかで気絶されそうな予感だ。


 って、生まれる心配をもうすでに、とか気が早すぎるだろう、私。だいたい数刻で懐妊したかもしれない、そう「かも」というだけだ。慌てすぎで、心配しすぎだと思う。


 やれやれ、月が突拍子とっぴょうしないこと話題にあげたせいでなのか、昼が軽かったせいかはわからないがお腹すいたー。山羊乳やぎにゅうを一口、ごくんと飲んでせっかくつけてもらった枸杞クコの実もいただく。あまり味を感じない。ちちと木の実だから? ……思い込みって怖いね。


 これも懐妊の兆候ちょうこうだったらとか思ってしまうのはどうなんだよ、私。想像力豊か。


 想像豊か、というよりは妄想もうそうすげえ、か。自分で自分の危ない頭のアレっぷりに呆れながら前菜、タン、主菜、主食にはかゆを用意されていたので漬物を添えてあふあふ、と。


 食べていく。食べているんだが、どれもこれも味が薄い……? あれ? いつもこんな味だったっけ。それになんかあんまり入らない。もう腹の中は空っぽの筈なのにな。


 昼と違って食べる量が増えてもいいと思うんだが一向いっこうに食事への欲が湧かない、どころかちょっと食べた、つついた程度なのに腹十二分くらい食ったみたいに気持ち悪い。


 うっ、と胸のつかえが声にでたので白湯さゆを飲んで無理矢理呑み込んでおいた、けど。


 どういうことだろう、と腹をさすった私の手に振動しんどうが触れた。……はい? 疑問のまま腹に視線をやってみると平常通り、ぺたりと脂肪しぼうの存在が怪しい筋肉質きんにくしつな腹がかすかにこれ、動いてない? いや、え? と、目をしばたかせた途端とたん、腹部に激痛が走った。


「む? どうかしたのか、ジ」


「う、いっ……あ、ぐぅ――ッ」


「いかん! すぐ横になれ、ジン


 月の疑問に答えようとした私だが口を衝くのは痛みの呻きだけ。まずい。なにがまずいって経験のない痛みすぎてもう、なんだ。できないがもんどりを打ちそう、って点。


 私の尋常じんじょうでない様子にはさすがの月もぎょっとして大慌てで私を抱きあげて寝台に座らせるだけは座らせて自分はさっと室の外へ駆けていって階下で紫玉ヅイー緑翠リュスイを呼んだ。


 その声は聞こえていたがはっきり言おう。どうでもいいくらい腹が痛い。これ、いったいなんだ。腹痛だのそんな生易なまやさしいものじゃない。月の言葉に従って横になると同時に寝室の扉がえらい勢いで開けられて紫玉と緑翠が入ってきて両脇から覗き込んでくる。


「静様、大丈夫でございますか?」


「無理、む、り……い、痛、い――っ!」


「静様、お気をたしかにっ……て、緑翠」


「なに」


「は、破水はすい、よね。これ、え?」


「ちょ、静様! いつの間に!?」


 うん、ごめん。答えてあげたいけどとてもじゃないが答えられない。例えそうしようとしても意味不明な音が羅列られつされるだけだと思われる。それぐらい痛いいぁあああッ!


 ダメ、無理。まともな思考ができない。おかしくなるほど痛い。なにこれ。なにこれどういうこと、紫玉。はすい、ってなに? えっと、ええっとー……いや、無理痛い無理無理っ頭の中バカになっているのがわかるくらい痛い。もう、さっきからそればっか。


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