これ、こんなことってあるか?

一八二話 妙な夢。狐のキモい気遣いの理由


 その時、見た夢は奇妙極まりなかった。殿下と夜を共にした先にある未来でも見たのだろうか? 大勢のこどもが私めがけて駆けてきて「母様ははさま、母様」と服を引っ張って。


 ただし、こどもたちがどんな顔か、というのはよくわからない。夢だしなあ、とは思ったがなぜかと言うほどではないもののそばには殿下がいてこどもを順番に抱きあげてくれているのが見えた。殿下に抱きあげられてこどもたちはいろいろ反応するわけだが。


 殿下の顔を足蹴あしげにするコ。鼻の穴に指を突っ込むコ。おとなしく抱っこされているコもいればいやいやをして私が交代するコもいて面白いなあ、と正直思った。自由だね。


 少なくとも私の幼少期に似たコはいないように見えたが当たり前だな。あんな能面のうめんみたくたたずむこども気持ち悪いに決まっている。でも、私は愛されることがどういうことかわからなくて。親は親だと言わなくて。余計にわからなくて、夢に見るハオにだけ話した。


 なにを話したか、はもう思いだせない。辛かった幼少期などもう捨て置けるほどに今が幸せだから。そうして、夕餉ゆうげの時間になったのか、ユエが起こしてくれ、食事も寝室まで運ばせてくれたみたいだった。けどなぜか、いつもつく食前酒はなく、代替があった。


 栄養価的に、昼がアレだったからか山羊やぎちちが用意されていてさらにそこへ月は栄養価が高いと言われる枸杞クコの実を添えてくれた。……? なんだこの気遣いの徹底さは?


 なんか、なんか気持ち悪い。なにがって月の謎すぎる態度が不自然すぎて、に決まっている。他にあるか? ってくらい私に嫌がらせのつもり、にしてはやけに丁寧に食べさせようとすらしてくれ、挙句ちょっと硬い肉は噛みほぐしてやるか? とか訊く始末。


「月、まだ怒っているのか?」


「なにをぢゃ」


「いや、朝をその、アレして」


「いいやあ。というか、ジン。ほんに体へさわりなかろうな。今日と言わずしばし大事だいじを取って休んだ方がよい、というのがわらわの見解ぢゃ。ぬしは特殊ぢゃしのう、いろいろと」


「? どういう意味だ」


「……。あくまで妾の憶測ぢゃし、うーん」


 ちょ、なんか気になるんですけど。このきつねわざと焦らしている、わけでなさそうというのも不思議だ。だって、真剣に悩んでいるし、困ってうんうん唸っているんだもの。


 ど、どうした? 驚天動地きょうてんどうち天変地異てんぺんちいの前触れかなにかかよ、月。で、そうこう月がふぬふぬ言っている間に芽衣ヤーイー毒味どくみを終えてさがってくれたので改めて月を見た、ら。


 すごい真剣なまなざしで突き刺された。な、なになんだなんでしょうか、月さん?


 私が困ってひとまず白湯さゆを口に含む。


懐妊かいにんしておらんか、静?」


「ぶーっっ!?」


 噴いた。含んだ白湯まるっと噴きだしてしまった私は目を白黒させていたんだと思うというかそれ以外にどういう反応を返せ、とおっしゃられる。って誰に訊いている!?


 いや、それよりもええ、ちょ、は、ええ? な、んだって言ったこの狐。今なんて言ったっけ? なにかおかしな、それも相当へんちくりんなこと言わなかった、かなあ?


 気のせい? これは私の聞き間違いで受け取り間違いでなにか誤解が生じているんじゃないのかな。か、かいにん? 解任? なにから、なにの役職から……将軍? きさき


 できれば后から降ろされる真似は避けた、いなあとそう、誤魔化ごまかすのはいい加減無理がでてきたというか脳味噌が猛烈速度で回転しまくったせいか熱っぽくなってきたぞ。


 噴出した直後の顔を月に向けると困った顔で出迎えられ口元を布でふきふきされておでこに人差し指でぺん、と一撃入れられた。――懐妊。身籠みごもった、というのか、私が?


 ……いやいやいや。その説はさすがに無理があるだろうよ、月。だって殿下との行為は昨夜がはじめてでた、たしかに無尽蔵体力でかなりそのあの、シたけど。いかにあやかしがいろいろおかしいっていったって限度がある。昨日ヤって、今日はらんでいるって。


 おかしいだろ。子宝こだからに恵まれているどころの話じゃなくないか、だってそれって。


「けほっ、おバカにふざけるなよなっ」


「おおいにまじめぢゃ」


「なお性質たちが悪い! つか、そんな例があるのかあやかしってのは一晩で、ええ?」


「うーむ、そこぢゃよ。鬼妖きようというのは子を大事に孕むと聞く。が、この昼の食欲低下とあの酸味への耐性、平素にない睡眠欲求は懐妊の初期症状によぉく似ておるんぢゃ」


 ……。そう、いえば昼に食べた酸味の利いたタンはさっぱりしすぎなくらいさっぱりしてい、あ。こいつこっそり酢を追加したとかいう絡繰りだな。で、睡眠欲が異常だと。


 たしかに普段はよほど疲れていない限り眠いと思う方が珍しいくらい睡眠欲求は薄いというのに昼餉ひるげのあと夕餉に起こされるまでぐっすり寝てしまっていた。そういえば。


 言われてみれば当て嵌まる。怖いくらい。てかあやかしの懐妊初期症状なんて指標があるんだな、一応。ふーん。……。……え、で? 私はいったいどうすればいいんだ?


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