一八一話 狐のお説教を喰らいました


「ほんに、死んだかと思うたわ」


「うぐぐ……す、みません」


皇太子こうたいし、ぬしもぢゃぞ。「アレ」でちーっとは響いたかえ? それとも瑣末さまつか?」


「い、いや。けっしてそんなことは」


 時刻は昼すぎ。私と殿下は食卓でそれぞれ着席してユエのお説教を受けさせられている現在進行形で。なぜか、って? んなもん時、というものを忘れて「いたして」しまったが為に朝餉あさげをすっぽかしたからだ。降りてこない私に芽衣ヤーイーが心配でおろおろしていた。


 と、いうか今も食事の間の外でうろうろあたふたしているようなのでなぜ私たちが月に叱られているか、はうまいこと聞こえないようきつねの細工が入っているらしい。ども。


 一晩中どころか朝がきても気づかずお互いだけに集中していたせいで朝をすっぽかして昼前になっても降りてこないのでさすがに心配した月がやってきて扉を叩いた、と。


 そこでようやく私も殿下も現在時刻がかなりまずいことに気づいて慌てて扉の外に返事をして後始末を終え、私は新しい服に着替え、殿下は昨日の服を着直して扉の外へ。


 そんでもって言い訳するよりも狐の平手、いや拳骨が殿下襲撃すんのが早かった。


 ゴッ! と岩がぶつかったような音がしたのでかなりの威力だった、ようですね。


 私は言い訳一個も浮かばないまま不機嫌な月についていこう、として腰に走った鈍い痛みに顔をしかめた。そして、よぼよぼばばあよろしく腰を庇ってへろへろ歩きかけたが。


 すぐに殿下が抱きあげてくれて月について階段を降り、いったい何事なのかという顔の芽衣から繰りだされるであろう質問は月が丁寧に潰してくれて、現在にいたります。


「若いの、おさかんだのいうが限度があるわ」


「そ、こは反省している。が、後悔はない」


「悔いんか、阿呆あほうっうちの主人がまともに動けんようになっておろうが! 本日の予定すべてにお断りをだす、ださねばならんわらわの身にもならんか。よりによって美朱ミンシュウの」


「ミ、ミミ美朱様がなんだと言うんだ!?」


「たわけっあの厳しいきさきがぬしの暴走夜伽よとぎジンがしばらく使い物にならんと知ったらなんと言うか……妾、考えただけでげんなりするぞ。あ、そうぢゃ、ぬしが叱られいえ」


 は? なにを言いだすんだ、こいつ。殿下に美朱様のきりでぐりぐり説教を受けろ?


 いや、そりゃたしかに私の足腰がアホになったのは殿下の無限体力のせいではあるんだけども、それでも、それにしたって責任すべて押しつけぐぐい! っつーのはなあ。


 それだったら私も一緒に叱られるべきだ。と私が言いだすのも計算のうちなのか月は私にも鋭い一瞥をやって卓の上を食事で満たした。……が、なんかシすぎたせいか食欲がない私はかゆだけもらっておいた。これに殿下がまたも申し訳なさそうにしたが、まあ。


 こう、真昼間に言うべきでない感じに腹は膨れているので大丈夫は大丈夫だ、私。


 と、いうかそのうち体力回復に食欲は自然と湧いてくるだろう、うん。平気平気。


 で、そんなこんなあった朝、じゃなくって昼をとり終えて殿下は急ぎで本宮ほんぐうに戻って執務を終える、とだけ告げて金狐宮きんこぐうをでていった。……月の説教から逃げたね、殿下?


 月は粥を食んだだけの私に卵のタンをよそってくれたのでありがたくいただく。ん、さっぱりした味つけが美味しい。結構しっかりした酸味がからくない酸辣湯サンラータンのようで美味びみ


 野菜も食え、と言われてだされた漬物を一枚だけポリポリ食べた私は月の肩に掴まって二階の寝室に戻って横になった。あー、疲れが今になってやってきたあぁなあぁあ。


「講師衆には妾から言うておこう」


「そう。ありがとう、助かる」


「まったくぢゃ。もそっと感謝せえ」


「そこまで恩着せがましくされると失せる」


 そんなふう、冗談じょうだんめかして言い返した先、月は不思議な顔、というか表情だった。


 複雑、なような喜ばしそうな。ぜの感情が意味するところは知らないが、とりあえずしばらく動けそうにない。少なくとも今日は。てなわけで美朱様に断わりを入れてもらうのを頼んでおいた。狐はやれやれ、といった感じで承諾。「しっかり休め」と。


 それだけ言って、水差しから硝子がらすの杯に水を注いで寝台のそばに置いて室を静かにでていった。私はごろん、と寝返りを打ってふう、と夜の余韻よいんを残す寝台ですぐ寝入る。


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