一八〇話 突然、だったけど、でも、うん……


 てか、皇后こうごう陛下、だよな。今はまだあのひとが。これで誰かにおのこ吾子あこが生まれたら違ってくるのかもしれないけど。えっと? 梓萌ズームォン様へつける称号は置いてと。なぜ殿下は茶会ちゃかいの様子なんて訊いたんだ。しかもぎょせそうか、だの失礼ぶっこいたが意図はなに?


 私が后妃こうひとしてやっていけそうか、心配しているのか。ふむ、まあわからなくはないながらにたいがい失礼な発言だ、と自覚はおありかしらね、殿下。疑いすぎじゃねえ?


 私だってやる時はやるんだ。うまくできているかははなはだ疑問ではあるが。だって、私は公主ひめでなければいいところのご息女そくじょでもない。ごく一般のむら娘、でさえないのだし。


 心配なのは仕方ないか。鬼の吾娘あこがうまく立ちまわれると思える、楽観視できる方がお気楽脳味噌花畑にちょうがひらひら、小鳥がぴーちく状態でしょうし。心配は当たり前。


「とてもこころよい方たちばかりでした」


「……。ああ、俺が選んだからな」


「でん」


きさきジンだ。覆らない。だから、あの」


 なんだ。殿下、急に口ごもったりしてどうかしたんだろうか。なにも変わったことはなかったと思うのだが。なんて悠長ゆうちょうに考えていたら殿下が突然口づけてきてびっくり。


 それも以前、泉宝センホウから帰ってきてねだった時と違って深い、口づけ。舌が絡まり、熱い息が交わされる。と、いうのでぼんやり理解したことについて考えて熟考してみる。


 ……。うーむ、これはもう決めるしかないか。そう考えいたったので離れた殿下が口にする前に私は頷いておいた。約束して、はいないがしたようなものだ。四夫人しふじんと顔をあわせてから。それが礼儀だから、と言っておいた。だから、今日の今日でも、殿下は。


 全然たる自然で后妃に、唯一ゆいいつでいい、と言った私を抱きたいのだ。私は頬が熱くなるのを感じながらユエを呼び、殿下を案内するよう言いつけてくりやへいき、軽食をつくった。


 私とていつその時が来てもいいように滋養強壮じようきょうそうにいい食材は心得ていたのでサクっとつくって運び、寝所の扉を開けてもらってカチコチに緊張しながらたくに料理を置き、髪飾りを外したら背から抱きしめられた。すり、と私の首筋に擦り寄る熱。殿下のにおい。


「静のにおいは落ち着くな」


「わ、たしも殿下の香りは」


「若いのよ、わらわが去るまで待てい」


「月、今日は邪魔しないんだな?」


「なーんぢゃ、してほしいのかえ~?」


「ヤダ。せっかくの好機チャンスだというのに」


 殿下、なんですか、そんなふうこどもみたいなこと言って。いえあのその、ずっとお預け地獄だったかもしれませんがそれでもそんなねたこどものような反応するって。


 が、月は珍しくいじらず私ににやり、と笑ってでていき、外側から施錠せじょうしてくれた。


 それは、アレか。「せいぜい抱き潰されて腹上死ふくじょうしせんようにな」とかそういうの?


 やめてくれ、不吉で不名誉で縁起でもないこと目で言うのっ! 現実になったりしたらどうしてくれんだ。責任取れるのか、って責任は殿下に発生しないか、その場合は?


 と、いうのもどうでもいい。私の肩に顎を乗せて甘える殿下の手が帯に伸びてきたのでいち早く私が自分でほどいた。するり、と音がして帯がほどけて私の服がはだける。


 ふふ、と耳元で笑い声。殿下は私が緊張しながらも精一杯気遣っている様がおかしく思えてしまったのかな。でもすぐ、私を抱きあげて寝台に乗せた。ふたりでくつを脱ぐ。


 で、どちらからともなく苦笑いして今度は私から口づける。ちゅ、ちゅ。軽く、小鳥がついばむように殿下の愛をねだるように。同時に私は殿下の服を一枚ずつ剝がしていく。


 上着うわぎ。腰帯の複雑なめ具を外してほどいた、ら殿下があとはご自分で脱いでくれたわけだが、はじめて見る殿方とのがたの裸体に私は赤面してしまう。あとは下を脱いでもらっ。


 ……気のせいだろうか? なんか、然樹ネンシュウ皇太子こうたいしのアレより殿下のそれの方が明らかに大きいというか存在感が半端はんぱじゃないというか主張が強いというか、端的たんてきに言うなら。


 立派すぎないかな、殿下。これ、私、行為こういのあと生きていられるだろうかと心配になるほどなんだが。ど、うしましょう。ここで退くなんて女のはじだし、でも命懸けるの?


 と、訊かれたら「え、ええっ」と困ってしまうっつーやつでございます。ただ、ここまできて殿下のアレに驚いて、怖くなって辞退じたい。なんてしちゃいけない。でしょっ!?


 ああああ、もっとよく考えておくんだったという後悔も先に立たずだ。で、私が赤い顔で悶々もんもん考えていると殿下の大きな手が私の頭に乗った。わしゃわし、と撫でられる。


「大丈夫だ、静。俺もはじめてだが理性りせいを総動員して静の体への負担が少なく済むように努力するから。生憎と、もうこの興奮は静の体でおさめてもらうより他にないのだ」


「や、え、私はその」


「静は正直なんだ。自覚してくれ。あと」


「?」


「夜になると色が変わるんだな。昼の顔と夜の顔どちらも等しく愛しい……俺だけの大好きな、静。愛している。愛したい。身も心も満たして満たされたい。もうたまらない」


 ぼむ。顔がそんな音を立てて真っ赤に染まったのが鏡を見なくてもわかった。このひと時々性質たち悪いよなあ。そんな面と向かって大好きだとか愛している、だなんて――。


 私は恥ずかしさを誤魔化ごまかすのに目の前にいて微笑んでくれている殿下の首に腕をまわして抱きついた。ぎゅむ、と胸同士が当たる。いや、私のはかすかな脂肪で向こうのは筋肉の束だが。でも、体の部位名は「胸」なんだもん。と我ながら意味不明な紛らわし。


 この時、殿下がぼそりと「わざと狙っていないのがまたなんというかなあ」とか言っていたように感じたがその先はもう、はっきり覚えてはいるが思いだしてはいけないくらい優しくしかし、激しく愛された。そのあまり、時間を忘れてしまっていたほどにだ。


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