茶会前の秘密情報の流れから……え?

一七七話 待っていたお客様


「ただいま」


「あ、ジン様。お帰りなさいませ。ええっと、皇太子こうたいし殿下がお越しで、ございますが」


「わかった」


 金狐宮きんこぐうに帰ってすぐ殿下に伝言にいってくれた秋穹チューチィォンが殿下が来ているむねを伝えてきたので私は簡潔に返事をしてらなかった膝掛けを片づけてもらうよう頼んで応接間へ。


 ユエが目配せしてきたが付き添いは不要なので首を振ってひとりで向かう。とりあえずできてしまった問題の話をして、それから、殴ろう。もう殴るの込みって私すごーい。


 全然尊敬されない負の意味でのすごい、にはなっちゃうがそれでもそれが他のきさきたちへの礼儀だもの。一応、殿下に自覚があるかというのと故意だったのかは問い質すか?


 それもまた礼儀だ。殴るだの怒るだのは真相解明後でいい。先にやっちゃったら気まずくなる、というのはもう過去の失敗から経験済みだ。勝手に怒って、いらついて……。


 経験がある、というのはよくも悪くもあたいが積まれているということならばかす。


「お待たせしました」


「静っ!」


「殿下、どうかお静かに」


「そうは言うが、こんな。静がこの報せを受け取ってしまうだなんて、惨いじゃな」


「割り切っておりますので。それに私にとってあそこはたかが怠惰たいだむらという認識しかございませんし、救いをわれても困りものではありますが、陛下の意向いこうに従います」


 割り切っている。あそこは生まれ故郷こきょうではない。私にとって、ただの、たかがひとつの邑でしかない。まずしく、いやしく。少ない水源すいげんをめぐってあらそいさかいいがみあう愚か共。


 そして、偶然にも生き残った、生贄いけにえに仕立てた私の妖力ちからを前に舌なめずりしてたかってきたクズ共だ。今となってはアレらに施してやっていた私はひとがすぎたようだ。


 見捨ててさっさと逃げだせばよかった。だが、惰性だせいであれど、あそこで暮らしていたからこそ月と出会った。ひとのえん、あやかしの縁とは不可解で不可思議で奇跡きせきの、えにし


 その縁を大事だいじにして今の私がある。だから皇帝こうてい陛下の決定とあらば従う、私はしょう


 ただの、将軍ひとりでしかない。それを気にかけないでください。殿下、これが厽岩ルイガン将軍だったらあなたは気にしましたか? きっと、いえ、絶対気にめもしなかった。


 だから、そういうふう平等に接してほしい。きさきだなんだのという心を殺してでも。


 愛を無視してでも遂行すいこうすべきを果たす。それに、私があの邑になにも思うことないというのは紛れもない本心なんだから。そうでしょう? なにをどうして気にかけろと?


 一切かえりみられることのなかった私がてめえらをなぜ助けてやりたいだの、逆に見捨てたいだの考えられるっての。私があの邑に覚える感情なんてなにひとつとして、ない。


 私を、好き勝手酷使こくししてこき使ってけなしてののしって自分たちだけとくをしていた阿呆あほう共が今になって過去をかえりみるとでも。はっ、ありえないっての。だって、それが人間だろ?


「殿下、陛下はなんと?」


「……」


「構いません。おっしゃってください」


 殿下がなにを迷っているのか、およそ予想はつく。だって、立場こそまったくことなり通常でなくても殿下にだって「そういう存在」がいるんだから。当たり前に思いやる。


 桜綾ヨウリン様の娘で公主ひめ優杏ユアン様と殿下は腹違いの兄妹きょうだい。同じ皇帝のたねで生まれた命で殿下より歳が下でなにより女の子だ。当然に庇護ひごすべき、守ってやるべき存在でしょうね。


 だから、殿下は迷っている。邑には私をむしけらのように使い潰していたゴミだけでなくじつの両親もいて、血をわけた弟と妹もいる。家族、と通常呼ばれる存在がいるから。


 でもね、殿下? そいつらが私にどういう仕打ちをして扱っていたのかも、忘れたわけじゃないでしょう。あいつらは私を娘として扱わなかった。小姐あねじゃなかった。ただの穢れでしかない邑の鼻つまみ者。なのに、そのクセ、水は寄越せと吐き捨てて命じる。


 こいつらをどうして、どうやって私は許せると言うつもりなのだろうか。到底、この世の果てにたどり着けても、世界のことわりすべてを呑み込んで理解しても解しがたいです。


 それくらい、深く大きな爪痕を残している。跡じゃなくて痕。私の中で永劫えいごう消えることのない私の自尊じそん心を傷つけ続ける鋭い爪の痕は今でも時折痛む。ひどく、うずきます。


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