一七六話 殿下、あなた私を殺す気か?


 私の心労病を狙っているか、殿下。なにそれ新手のささやかな試練かなにかかな。


 小さなコだったら許されるお茶目だが、あなたの場合はというかこの場合はけっして断じて許されざることですからね。ああ、今すぐにでもかみなりを落としてやりたい、殿下。


「わたくしの家に」


「はい?」


 唐突とうとつに話しはじめた珊瑚シャンフー。彼女は自分の家のことを話す話そうとしている様子。


 商家しょうかにつきものな大きい商談しょうだんの話だとかそれにまつわる貴族きぞくうわさだとかだろうか?


「わたくしの家に届いた報せでは殿下が后妃こうひ相応ふさわしい美姫びきの中の美姫を見初みそめた」


「こふっ!?」


「その方を補佐する四夫人しふじんの募集があったのまではわたくしも聞いていたんです。ただそれはなかなかいないきさき候補を呼び込む布石ふせきであろうとばかり。美姫、というのもどれほどのものか、なんて思っていたんですが……嫉妬しっともおこがましいと思い知りましたわ」


「こほっ、けほ、ちょ、珊瑚さ――?」


 いきなりはじまったまさかの私話題で私はおかわりにもらった茶にせた。珊瑚妃の家に届いたほう。殿下が后妃を選んだ、までは聞き流せたが装飾そうしょくされた言語げんごは違わない?


 美姫の中の美姫? そこは美姫じゃなくて美「」ではないかしらねえ? 情報を流した誰かさんに訊きたいというか問い詰めたい。あなたどれだけ私に胃痛喰らわすの?


 教えてくれないかな、ねえ、殿下? あなたは私を胃潰瘍いかいようで殺害する気なのかね?


 そう思ってしまうくらいもう、なんだろうな。ちょっと四夫人たちの扱いがぞんざいで私にしわ寄せがきている。わかって、いないな絶対。わかってやっていたら――殴る。


 いやいやいや、足りない足りない足りん! ちょこっときつめに締めてやる。そうすれば私の気苦労のほどがわかろう。ダメだ、なんかもう殿下の残念のせいで疲れたよ。


「殿下の説明不足、というか抜け落ちはあとで私から一言刺し、いえ、入れますね」


「ジ、ジン様? 今、刺すっテ……」


「お気になさらず、紅楓ホンフェン様。必要な説教で」


「ものは言いようぢゃな、静。しつけぢゃろ?」


「黙れ、ユエ。一発くらい殴っても許される」


 この時、私はどういう顔をしていたんだ? なぜか四夫人方がぶるっと震えて連れの侍女じじょたちと身を寄せあってあわあわしてだけでなく、いさめようとした月もひきつり顔。


 ……鬼、もっと言ってハオが私の背で怒りの水飛沫みずしぶきを噴き散らした様でも幻視げんししたのだろうか。まあ、どうでもいい。とりあえず目下の問題は殿下だ。おそらくもなくだが。


 然樹ネンシュウ皇太子こうたいしの伝言を秋穹チューチィォンから受け取ってくれたなら詳しく聞く為に、とかって理由つけて本宮ほんぐうから私が暮らす金狐宮きんこぐうまでやってくるだろう。よーし、ぶん殴ってやるぞお♪


 と、心に誓って決めた、大決定した私は深呼吸で怒りを押し込み、抑え込みしてあとのお楽しみとして殿下への躾が入ったのもあり、月にお土産の包みを配ってもらった。


 秋月しゅうげつは空の上の方までやってきていたのでそろそろお開きにちょどいい時間だ、というのもあった。それぞれの妃についてきた侍女たちは土産の包みを受け取りつつ、私を、なんというのかとても恐ろしいひとっつーか怖いひと見る目でちらちら見ておいでだ。


 え、そんなに怖いかな、私。後宮こうきゅうきさきとして振る舞ってはいるし、戦場いくさばでの鬼らしさはひそめている、つもりだが……。つもり、なだけで鬼感駄々漏れなのかもしれない。


 だって仕方ないじゃないか。殿下のうっかりで済まないうっかり言葉足らずのせいでらん激痛で頭ガンガンする。さて、どう処刑、もとい罰してやったものだろうかな?


「本日はありがとうございました」


「い、いえ、こちらこそ。ご多忙な中美味しいお茶やお茶けをご用意の上おもてなしいただき誠にありがとうございます。……あの、不躾だとは思うのですがそのいつか」


「?」


「私から、個人的に静様へ茶会ちゃかいのお誘いを差しあげてもよろしいものでしょうか?」


 ? なんでそんなことを確認取るんだ。とは思ったが私は頷いておいた。一寸ちょっとも迷うことなく頷いた私に誘いをかけた凛鈴リンレイ妃はきょとん、としたがすぐ嬉しそうに笑った。


 そのあと他妃たひたちも私に茶会の誘いをだしたい、と言って名残なごり惜しみながら「おやすみなさい」を言い、庭をでてそれぞれ車でみやへと帰っていった。私も月と一緒に帰る。


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