一七五話 なぜ私がするんだ、こんな説明


 私は、鬼の娘。わきまえているし、殿下には広い視野を持ってほしいと願っているからこそ、多くの女性と交流してほし。……ん? 凛鈴リンレイ四夫人しふじん后妃こうひの座を狙っていますと言いたいわけ、ではな、いな。では、いったいどういう――あ。もしかしてだが。


「凛鈴様、殿下は入内じゅだいに際しなんと?」


「? ジン様をお助けするようにとおっしゃられました。貴妃きひとしてお支えするよう」


「ええと、もしかして殿下のきさき選びがまだ続いているとお思いなのでしょう、か?」


「はい? え、え、どういう」


 ああ。この感じ、そういうことか、殿下。あのね、あなたね、ご自身の妃たちにどういう無関心さだコラああああっ!? それ、それは凛鈴妃も気が気じゃないわ。私が気安い理由を知らないんじゃあ。と、いうわけで私はかくかくしかじかを説明しておいた。


 殿下の後宮こうきゅう再建構想の図。私をきさきに置いて四夫人で支えさせる方式を取る、などというめちゃくちゃな無茶苦茶振りについて。聞いて四夫人たちは一様いちようにぽかーんだった。


 殿下がもう妃選びを終えてしまっていたことも妃として入内し、ちょうを受けるのは四夫人に選ばれた自分たちだけだ、ということ。少数精鋭、じゃないが五人でをつける。


 殿下の御子みこを産んで育てあげ、未来の皇帝こうていとして相応ふさわしくるように責任を負っているのだということを説明した。……しばらく四阿あずまやには沈黙がただよってしまいました。


 で、一番に硬直がとけたのはこのひと。


「で、ででんで、ん殿下が、殿下は、殿下」


珊瑚シャンフー様、落ち着いてください」


「いえ、無理でしょう、静様」


 硬直はとけたようだが、動揺はじっくりしっかりがっつり浸透していっているようで珊瑚妃はでんでん歌って(?)いる。でんでんを震えながら熱唱(?)している彼女に落ち着くよう言ったが横から突っ込みが入った。凛鈴妃だ。彼女は額を押さえている。


 本当、まじめな話初耳だった様子。殿下、説明責任、という言葉をご存じですか?


 もしくはそれがあなたには義務として発生することを存じなかったのか。どちらにせよこれは皇后こうごう陛下から一言どころかもう少し多めにお叱りがあってもよくないかなあ。


 自分の妃たちに後宮に入るのは四夫人と私だけだ、というのくらいなぜ言わないでいたんだい? 私は心の底から疑問だよ。もしかして緊張感の刺激を与えようとしたの?


 こう、なんていうのか「あとから続々入内する妃たちにおくれを取らんように気を引き締めておけ」的な。……ないか。そんな意地悪いじわる考えつきもしない筈だ。とすれば怠慢たいまん


 一番ありうる可能性が残念すぎて泣きたくなってくる以上に申し訳なくてならない心地なんですが、私。殿下、これはアレ、うっかりたんに言い忘れていただけなのかな。


 殿下の性格上、嫌がらせや悪戯いたずら目的は最もありえない。だが、だからといって数少ないっつか少なすぎる妃たちにんな重要項を説明し忘れるなんてアホな失敗ってあるか?


 ない、と誰か言ってくれ。常識ある誰か、もう誰でもいいからそうだと言ってほしいです、私。だって、紅楓ホンフェン妃が再び困惑と混乱の大渦に呑まれて頭から黒煙こくえんがでている。


 ぶつぶつ聞こえてくる「わ、ワタシ? ワタシ、が最低限で選ばれタ、妃?」が可哀想だよ。まさか四夫人の座が永遠だなどと思っていなかったのだろう。すぐ他の妃に蹴落けおとされるからそれまではゆったりしておこう、と思っていたっぽいですね、こりゃあ。


 殿下、別の意味で罪づくりだ。よし、今度みやに来たら一発ぶん殴ってやろうっと。


「つ、まり静様に一目惚れして……?」


「ええ。とんとん拍子に話が進んでいってしまい毎日訪れる妃候補たちからせめて四夫人は据えろ、と皇帝陛下に言い含められたらしく。その中で殿下が厳選に厳選を重ねて選んだのがみな様、四夫人というわけですね、はい。あの、てっきり私、殿下が説明を」


「ひ、一言もありませんでしたわっ」


「ぐ。わ、私から殿下に苦情くじょうを入れておきますし、必ずすべての宮を訪問することときちんと殿下の口から説明するように言いますのでどうかひとまず落ち着いてください」


 私の途中から呼吸の有無うむが怪しい早口言葉に四夫人たちは無理にでも落ち着こうとそれぞれに茶を含んで、嚥下えんげ。ほ、と息つく音がしたので私も茶の残りを飲み干し――。


 ふうう、と重い息が私の唇から漏れる。殿下、本当にあなたってばどうしてこう肝心な部分で抜けがあるんだ。お陰で私の心労が増えるだろうが。なに、狙っているのか?


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