一七四話 喜んでもらえて……え、なに?


 お腹にきをつくってあるので茶けも一口ずついただく。食事の方は塩味えんみを利かせたもち米を揚げているのかザクザクとした食感が楽しい上に、中にはたっぷりの具材。


 甘味かんみの方はもっちりした感触だが、口に入れるととろ~りとろけて刹那せつな余韻よいんを残して消えていった。どちらの茶請けも一口大に調理してあるが、茶が進む。いいお味だ。


「まあ、美味しい」


あん詰めもち米の揚げ物でございます」


「こちらの甘味、不思議な味わい……」


「そちらは極東の島国に伝わるわらび餅、なる菓子の応用でお手が汚れないよう中に黒蜜くろみつを封じてあります。いずれも先ほど尚食しょうしょくの者たちにつくっていただいたものばかり」


「さすがは皇都こうと。地方では見ない茶請け」


「美味しいデス。こんなのはじメて」


 うーん、個性がでるな。茶請けの感想ひとつとってもそれぞれのきさきことなる反応を示してくれた。簡潔に美味しい、とだけ言った凛鈴リンレイ。興味を持った雪梅シュエメイ妃。珍しさに瞳を輝かせる珊瑚シャンフー妃。はじめて食べる茶請けに感動している紅楓ホンフェン妃。育った環境、かねえ?


 凛鈴妃は素朴そぼく遊牧民ゆうぼくみん族長ぞくちょうの娘。あまり大袈裟おおげさに感激したりはしない。騒ぐことはつまり獲物えものが逃げるに同義だから。雪梅妃は過保護かほごな環境で育ち、外界そとのものに触れる機会が少なかっただけ本心は何事にも好奇心こうきしんを搔き立てられる子猫のような気質きしつなのかも。


 珊瑚妃のあの目は、もう完全に商売を考えているな。これはたしかに寒い北の地では味が濃くて流行りそうではある。紅楓妃は言葉のままだ。はじめて食べる美味びみに感激。


 なるほどねえ、殿下。ようするにこのくせの強い妃たちを見事纏めあげてみせろ的な?


 それが私への課題。后妃こうひとなるべき私に課す宿題だということですね。望むところではないがまあ、望んでおこうか。だって他にこれ、纏められる女、いそうにないもの。


土産みやげの菓子もご用意してあります。よかったら、各自みやへお持ち帰りくださいな」


「……。あ、あのう、ジン様?」


「はい?」


「このように歓待かんたいしていただいて、そのお土産までいただくのは忍びないのですが」


「そういうもの、でしょうか。私も「普通」というのには非常にあきれるほどうといのでよくわからないのですが、梓萌ズームォン様より顔あわせを、と言われていましたし、その上で私はみなさんと仲良くできたらと思ってこうした趣向しゅこうにしたのですが……あ、ご不快で――」


「そ、そうではなくてっ!」


 あのおとなしい、というか物静かだった凛鈴妃が急にくわっと目を見開いて私は「あれ失言だったかな?」と思ったが、違うらしく凛鈴妃は獲物を見つけたたかのような目を一度伏せて深呼吸。すーはー。改めて顔をあげた彼女はねたように唇を尖らせてきた。


 あ、可愛い。このひと凛々りりしい美人かと思ったら小動物みたいで可愛い一面もあるらしい。これがうわさの……。平素とのへだたりがあればあるだけ、深ければ深いだけ刺さる。


 可愛さが、庇護欲ひごよくっぽいものが胸にどすっ、ぐりぐりりと突き刺さってくるよう。


 凛鈴妃はつい一瞬前の自身をちょいじているらしかったが、私が一向いっこうにというかまったく気にしていないのを見てほっとしたあと、ずずい、と私に顔を寄せ、宣言した。


「ただの四夫人しふじん、妃予定である私たちに后妃候補であるあなた様がこのような場を用意してくださったのは身のほどを知れ、との威圧だとばかり私は思っておりましたのに」


「あら。一番の身のほど知らずがですか?」


「だ、だからっそうして冗談じょうだんめかしていたらあなたに悪意あくいを持つ女は足下をすくおうと虎視眈々こしたんたん隙と油断を狙ってきましょう。あなたは殿下に最も寵愛ちょうあいを受ける御方おかたなので」


「そんな建前たてまえは置いておいて」


 凛鈴妃の言葉を恥ずかしさから遮る。「殿下に寵愛される御方なので、他妃たひに気安くしては舐められてしまいますっ」というのが言いたかったんだろうが、正直どうでも。


 正直まじめにぶっちゃけた話どうでもいい。殿下の寵を独り占めうへへ、とかってそんな気色悪くって浅ましいこと考えていない。あのひとの熱い愛は平等にるべきだ。


 そう思っているからこそ、后妃という建前でありさも大仰おおぎょう肩書かたがきは放って地面にでもぺちんと打ち捨ててしまって私は一向に構わない。だって、私には相応ふさわしからぬモノ。


 最も深く強く愛される資格を与えられた存在だから特別視されるべき、だなどと。


 そんなのは、それこそ畏れ多い。卑下ひげするわけでも卑屈ひくつになっているわけでもなく客観的に見て、あの精悍せいかんで美しい殿下の愛を独占どくせんするにるような、私は美女じゃない。


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