一七三話 説明して、いよいよ茶会らしく


 私、「これ」が后妃こうひって、おい。と何度思い悩み考えたことか。今でも答はでていないもののひとつ確実に言えるのは「私は殿下を愛している」ということ。揺らがない。


 揺らいだとしてもそれは私の愛情ではなく殿下の方の情熱になるだろうからこそ胸を張って言える。一片いっぺんの曇りもなく殿下を愛する、と。まあ、たま~に阿呆あほうがすぎて殴りたくなるのはご愛嬌あいきょうということにして片づけて、と。私はじ、と紅楓ホンフェンを見つめてみた。


 紅楓妃は肩を震わせたが、少ししてそろそろと視線をあげて私にあわせてきた。ふむふむ? なるほど、こりゃあたしかに色っぽい限りで。殿下、私の貧相ひんそうよりこっちが。


 紅楓妃の方がよほどいい体している。乙女おとめ同士というか、ここにつどったのは次期じき皇帝こうていにのみ心身をささげる覚悟を持って集った女ばかり。清い花を殿下になら手折たおられても。


 いい。一夜限りの関係であったって、そればかり、肉体関係だけが対人関係ではないのは当然のこと。おしゃべりの相手だったり、将棋しょうぎといった遊びの相手だって、いい。


 私とて一夜といわず夜伽よとぎ序盤じょばんあきれられてえられるかもしれないのだし。そうなればきさきがただでさえ少ない殿下だ、をつけてくれる女性が必要になる。だったら、ね?


「殿下はあなたを選んだのですよ、紅楓様」


「な、情けデはな、いでしょうか。ワタシがあまりにも息の苦しい場所にいるかラ」


「それは殿下も同じ。だからこそでしょう」


「……え?」


「殿下はずっと後宮こうきゅうで育ち、女性の醜さをの当たりにしてこられた御方おかた。だからこそご自身にびる女性たちを嫌悪し、み嫌ってこられたそうです。それが気難きむずかしい、といううわさ根源もとになったのでしょうね。だからこそ自らの目で見極めたいとおっしゃった」


 紅楓妃があおい瞳を見開いて、うるませた。この続きを言う必要はないだろうが、一応言っておこう。他の妃たちにも周知しゅうち徹底、ではないが心にとどめてもらいたいからこそだ。


「みなさんは殿下が厳しい目で見て、接して、選ばれたとうとき女性たち。卑屈ひくつになってはなりませんし、かといって踏ん反り返っては殿下の御心おこころは離れます。ありのままにて」


 すると、それまで最初のお礼以降口をだしてこなかった珊瑚シャンフー妃も口を開いた。心底驚いた、と言わんばかりの顔からしてこのひとも一癖か、二癖くらい余裕でありそうだ。


 珊瑚妃、と言えば西と北の中継ちゅうけい点で行商ぎょうしょうを仕切る大店おおだなの娘、だったか。私の勝手な想像では桜綾ヨウリン様をちょこーっと冷ややかにした感じかと思っていたんだが、実際は……。


「わたくしここ近年の流通変化の話しかしておりませんでしたよ? なのに、あのえっとそのまじめに選んでくださっていたんですか? これでというかこんなのでよい?」


「適当に選んでいたら皇后こうごう陛下、梓萌ズームォン様がかみなりを落としてやり直しをさせたでしょう」


 そう。殿下がこの世で唯一ゆいいつ逆らうべからずをかかげている梓萌様が適当選択など絶っ対に許しはしない。そうした事実が発覚したら陛下が適当さんたちを切り捨てて「まじめになさい!」とお叱りを飛ばされるのは目に見えた未来だ。それに殿下が逆らうもんか。


 だから遠慮からの辞退じたいはしなくていい。誰も彼もみな殿下が気を配ってよぉく観察した上で決めた妃だけ。誇っていい。卑下ひげしなくていい。全員に違う魅力みりょくと価値がある。


 ……まあ、唯一怪しいのは殿下が私の顔が好みで私を選んだせつがある点だ。中身じゃないという点はぶっちゃけ不服だし、不満だ。ただし、今はそんなのは瑣事さじであろう。


「……ああ、冷めましたわね。失礼。私の長話ながばなしがすぎたようです。ユエ、予備のわんを」


「こちらをどうぞ。みな様もどうぞ」


「ありがとうついでにいい加減鏡をさげて」


「おおう、怖い怖いのーう」


「はあ、心にもないことを」


「ぬしには、言われとうないわ」


 うっせえ、月。帰ってから仕置きに水ぶっかけられたいのか。……「冷やし狐ぶっかけ」とかってつけたらなにか、お料理の名前みたいだなあ、まあ、黙っておこうっと。


 全員の茶碗ちゃわんをさげて新しい碗をくれた月は鏡をさげて新しい茶器ちゃきを置いてくれた。


 で、また私から注いでいく。順番に、貴妃きひ淑妃しゅくひ徳妃とくひ賢妃けんひの順に茶器をまわしていってもらい、碗を満たしたら今度は冷めないうちに一口。もちろん作法さほうは守ったさ。


 他妃たひに見えないよう袖で口元を隠して音を立てずに一口飲む。……うん。ほのかな甘味とさわやかで上品な渋味と苦味の配合が絶妙。さすが秋穹チューチィォンの選択した紅茶なだけある。


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