一七二話 思った以上に気にしている様子


 鏡片手に茶会ちゃかいなんて、しかも自分の顔の部品確認とか自惚れ屋ナルシストじゃないっつーの。私は茶器を取りあげて自分の茶碗ちゃわんを満たし、元の位置におろした。で、なにやらというか私の素顔衝撃、というのから抜けだせたらしき凛鈴リンレイならって自身の茶碗に注ぎ入れる。


 春香チュンシャンでは危なっかしい、との判断だったのだろう。うっかり、凛鈴妃でなくとも他のきさきに引っかけちゃいそうな負の予感が私でもある。あったし。その対応は正解ですね。


 で、最初のふたりがそうしてしまったので他の妃たちも手酌てじゃく、というか自分で茶碗を満たしていった。同時にユエが茶け類を配り終えていったので、私は一度空を仰いだ。


「晴れてよかったです。綺麗なつきがでてくれて殿下が選び抜いた宝石たちがことさら輝かしくきらめくことでしょう。夕餉ゆうげのあとですし少量ですがよかったら召しあがって?」


「お心遣いに感謝を、ジン様」


「ありがたく、存じます」


「あ、りがとうござ、います……っ」


 私が茶会の開始、にしてはちょっとアレな言葉だったもののはじまりの合図に妃たちがそれぞれ反応した。……約、一名を除いて。着座ちゃくざよりさかのぼって到着からもずっと黙っている紅楓ホンフェン妃は茶碗と茶請けを見て少し口をはくはくさせていた。そして、意をけっして。


「わ、ワタシ、場違いデは?」


「はい?」


「こ、こんな綺麗な方々バっかり、ワタシやはり、不自然でハありませんカっ!?」


 ……。ああ、うん。殿下隠すつもりがあったのかなかったのか、不可解なくらいはっきりまるっとわかってしまっちゃうな、これ。なるほど、親のごり押しで後宮こうきゅうに押し込められたのは異国いこくに近い紅楓妃だったか。この場では異端いたんと言えば異端かもしれないが。


 私の方が万倍も異端な女だ、という自覚がおおいにあるので紅楓妃に私としては笑いかけるよりほかにない。なんとなく、なにを言われて後宮に来たのかすら予想つくが。


 これも礼儀だ。訊いてみよう。言いたくなければそれでいいし、他に遠慮したり、自分の意思を押し込めてまでして無理に後宮に留まらなくてもいいよう殿下ならはからう。


「なぜ、そのようなことをお考えに?」


「……っ、ワタ、そ、の義母ははが「お前のような奴隷どれいの娘にまともな降嫁こうか先などあるわけがない。せいぜい後宮でそのふしだらな体を使って殿下をおなぐさめしろ」と言われ、テ」


 ああ、そういえば殿下の名簿にちらっとだけ書いてあったな。紅楓妃は南領なんりょう果ての領地を治める城主がめかけめとった元奴隷の女が産んだ、と。本来なら公主ひめの地位もありえたが正妻せいさいとその娘たちがそろって彼女と彼女の母をいじめ倒し、母親は早くに亡くなったそう。


 残された紅楓妃はその家、である筈の城で下女げじょ以下の扱いを受けていた。見かねた父親が殿下の妃候補募集に乗っかった。城の地位ある女たちは最初反発はんぱつしたらしかった。


 んだけど、殿下の気難きむずかしい性格、というのをうわさに聞いてもし万が一自分の娘が弾かれて返品されたら家名かめいに傷をつけるだのなんだの家と「無関係」な紅楓妃に白羽しらはの矢を。


 と、いうところまでは殿下も把握していたようだけどどうも予想以上に壮絶そうぜつそう。


 てか、ふしだらな体て。もしやてめえらが貧相ひんそうだったからと豊満ほうまんで女性らしく瑞々みずみずしい体を持つ紅楓妃に嫉妬しっとしただけじゃね? どぉう考えても理不尽りふじんは家の女共だろが。


「ワタシ、一度としてはるを売っタこと、ありませン! 母も父に見初みそめられて城へ」


「なるほど。ではひとつうかがいたいのですが」


「あ、ぁ、はイ」


「紅楓様は殿下のことがお嫌いですか?」


「い、いいエ! と、殿方とのがたと話すのハじめてでしたが、あんなふうにお話がでキて」


「そう。ではこのまま殿下にお仕えして支えのひとりとなって差しあげてください」


「で、すガ……っ」


 尻すぼみになる言葉。それはひょっとしなくても、殿下の妃嬪ひひんに召しあげられると決まってから実家じっかの女たちの当たりがより強くなった、とか? 「こんな奴隷の娘が選ばれるなら」とかって言いはじめたはいいが「四夫人しふじん」のわくは埋まってしまい、募集終了。


 紅楓妃はとつぐ準備をはじめたが、嫌みと悪態あくたいは激しさを増していったか。そして、そんな家と決別けつべつするには後宮で殿下のちょうをえることだが、虐められて育った元奴隷の母を持つという家の女共いわくの汚点おてんが彼女を追い詰めてしまう。異国の血をぐ自分が、と。


 なるほどね、誰しも境遇きょうぐうがちょっとずつ違えど悩ましく思う点は同じってことか。


 特に殿下が選んだ妃嬪たちはくせが強い者が多い傾向けいこうにある。ちなみに筆頭ひっとうは私だ。


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