一七一話 四夫人、揃い踏みなり


「ようこそ、おいでくださいました」


「あ、はい。ジン様……」


 先陣せんじんを切って現れたのは昼間皇后こうごう陛下の授業でご一緒した雪梅シュエメイ。彼女は虎目石とらめいしを使った首飾りで胸元をいろどってきてくれた。他の装飾そうしょく品は最低限で遠慮しいな彼女らしい。


 続いて、ユエが気を利かせてつけてくれたあかりの下、現れたのは色白い肌に健康的な血のが乗った頬が桃のような絹肌きぬはだきさき。黒髪だが、雪梅妃のような繊細せんさいな感じではなくてどちらかというと私寄りのしなやかで強そうな髪。目元にはたかれたくれないが美しい。


 剛毛、ではないが栄養豊富でつやつやと輝く髪を纏めあげて銀細工ぎんざいくかんざしし、見事な薄桃色のアレは珊瑚さんごか? こいつをめ込んだ耳飾りをつけている。もしや名から?


 ともすればこのひとが珊瑚シャンフー妃か。黒髪黒瞳。顔の造作はもちろんだが体の線が素晴らしいと思います。ってえ、私は助平すけべいオヤジかっつーの。どこ見てなにを判断している?


 そして、最後にやってきたのは長く深い面紗めんしゃをかぶった女性。つまりは事前に面紗を許してほしい、と言ってきていた紅楓ホンフェン妃だな。ほんのかすかに見える肌色に少し驚く。


 ここ、天琳テンレイではたしかに見かけない肌。褐色かっしょく、と書いてあったがうっすら黒い感じであるのに透き通った肌質からしても手入れをかしていない。彼女はひとり異国いこく西方さいほう国の貴族きぞくや身分が高い女性が身につける上衣うわぎスカートをくっつけた意匠デザインよそおいで来てくれた。


 その胸元には大振りなばり式の装飾品がつけられている。おも洋装ようそうというのに使うらしいがここも殿下なりの気遣いだろうか。使い慣れた装身具そうしんぐで彩るように、とかね。


 使われている宝石はこちらも名にもじったか赤い宝石だ。柘榴ざくろのような濃い赤は目をくな。生憎あいにくまだ顔が見えないのでなんだが、似合っているんだろう。顔、以前に体の線がこのひと絶景ぜっけいすぎる。桜綾ヨウリン様のおっしゃっていたことがようやくわかった。すげえ。


 えりぐりはきっちり品位ひんいを保ってひらきすぎず、かといって閉鎖へいさ的でもない絶妙さだ。


 その分、胸の豊満ほうまんさが際立つ。う、羨ましい。十分の一ほどでいいから私のちちにわけてくれないだろうか、なんておバカ考えかけたが月に頼んでそれぞれに席を案内する。


 あとから来た妃たちは口数少なく、というかもしょもしょお礼を言って凛鈴妃にならって着座ちゃくざしたので私も座る。すぐ、月に茶の準備をしてもらい、その間に自己紹介といこう、というので紅楓妃に顔を向けた。逡巡しゅんじゅん少々があって面紗を外す。わあ、美人さんだ。


 つどった妃たちの中で色香いろかはダントツで彼女に軍配ぐんぱいがあがる。顔の造作ぞうさくやらは私や他の妃とは比較できない。あ、悪いという意味ではなくて。別次元べつじげんの美しさというやつで。


 凛鈴妃の髪も綺麗だが紅楓妃はさらに色素しきそが薄く、金糸きんしのような細い髪の毛にあおい瞳と天琳国の美女とはかけ離れた異次元いじげん美貌びぼう。比べるのは無理がある。種類が違うし。


 それこそ失礼、というものだ。他妃たひたちの視線が紅楓妃に集まり、当人はあの、お尻の下に針山でもあるのか、あなた。みたいな居心地悪そうな顔をしている。しかし、気まずくなるのは私とて同じ。天琳国にありながらこんな濃くあざやかな色の瞳はまずない。


 そう思ったので私も円扇えんせんを脇に置いて集まってくれた妃たちをぐるりと見渡した。


 息を呑む音が四つ。……あの、もしもし雪梅妃? あなた昼間に見ているでしょ?


 なぜ、はじめて見たような反応をなさるの。とか思っていると意外なところから答が飛んできてついでに茶碗ちゃわんが配られ、茶器ちゃきが置かれた。発言者なあやかしきつねは忍び笑い。


「普段から鏡を見んからそうなるんぢゃ」


「なん、なにが? は?」


「ぬしの瞳はのう、静や。夜になるときんが強くなってな、金塊きんかいに水が混ざったような摩訶まか不思議で非常に蠱惑こわく的かつ幻想げんそう的なかもしだすんぢゃよ。鏡嫌いのばち当たりだの」


 これぞ正しくぐうのがでない、という事態。そう、だったのか私? でも、ここに確認の為の鏡なんて都合つごうよくない。とか思っていたら月が差しだしてきた。意地悪いじわるめ。


 月を睨んでから受け取った手鏡てかがみで見るとたしかに、基色きしょくだと思っていたあおが薄れてというか溶けたみたくなって黄金おうごんに代わって変化した瞳に浮かんでただよっているよう。


 確認して私はため息をついてしまったが、気を取り直しついでに鏡を置いておく。


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