一七〇話 それ、意外すぎるんだが?


ジン様、失礼ですが、よわいは」


「十八です」


「そうですか。私よりふたつ上なのですね」


「と、申されますと凛鈴リンレイ様は十六? ずいぶんしっかりなさってらっしゃいますね」


「っ、そ、私などただ、幼少より自分の得物えものの整備や食材調達できたえられただけで。そのですね、少しお訊きしたいことがあるのですがえと、あの、よろしいでしょうか?」


 はてさ。訊きたいこと? 凛鈴が訊きたいとなれば女らしい所作しょさ云々挙措きょそなんたらじゃないだろうな。だって、彼女の方が明らかに私よりさまになっていると思われるし。


 では、いったいなんだろ。とはいえ、ある程度は予想がついているんだが。凛鈴妃はしきりに殿下からの贈り物をいじっている。なんだろう、殿下のお好きなけものの種類かね?


 でも、それというか獣を仕留めて締めて送るのはやめた方がいいと思うよ、私。だって場合もクソもなく殿下に届けられる前に宦官かんがん官吏かんりに見つかったらおとがめを喰らう。


 殿下に不吉な贈り物をするなんて、不心得で不届きなきさきだー、とかなんとかでさ。


 そういうの聞くたびに思うが頭かっちりばっかなんだろうか、お役所やくしょ仕事の者とは。


 融通ゆうずうが利かない、というか不器用ながら精一杯の誠意と好意がわからないなんて。ガチガチの石頭だ。発想の転換がない、なんて時点でその手の職に向いていないと思う。


 柔軟に、臨機応変を気取る真似程度はしてみせないと向けられるのは恨みの目だ。


「殿下は私の謙虚けんきょを気に入った、と言ってくださいました。貴妃きひ相応ふさわしいとまで」


「私もそう思いますが?」


「あの、えっと。本当、なのでしょうか」


「と、おっしゃいますと」


「私のような下賤げせん遊牧民ゆうぼくみん族長ぞくちょうは娘などがとうとき貴妃に相応しいなどと。特に静様の沈着ちんちゃくとして思慮しりょ深くて、なのに、したたかさをねた后妃こうひとなられる女性と比べたらいちじるしく」


 ……。なんだ、この妃様は謙遜けんそんしているのか私を羞恥しゅうち爆死ばくしさせたいのかどっちでしょうや。沈着さ? ねえし。思慮深く、ねえぞ。強かはそうだがたんに図太ずぶといだけよ?


 と、いいますか。あなたが下賤だったら私はどうしたらいいんだ。肩書かたがきもないぞ?


 こう、遊牧民族の長は娘だ、とか。そういうの一切ないただの田舎いなか娘で鬼の吾娘あこ


 それだけ。特別もなにもない、取り柄もあやかしと深く関われるだけの奇異きいな女。


 むしろ、私こそがなんの特技もない。特筆すべきモノがないむなしさ。ついでに言うとちちも虚しいし。凛鈴妃、さらしで押さえつけているようだが、結構な大きさと張り感。


 羨ましいなあ、とは言わない。ないものねだりはしないことにしているというのもあるが私は私のままで殿下が選んでくれたのなら無理に変化を、変貌へんぼうをせびることない。


「殿下にご自身をいつわっていらっしゃる?」


「い、いいえっ滅相めっそうもない」


「では、気になさる必要はないかと。殿下はあなたの本質ほんしつを気に入られたのですよ」


「ほ、ん質……? 私はただ芸に通じる」


「それでよいのです」


 そう、それでいい。それ以外になにがる。なにも要らないくらいにあなたは手に持っている。達者たっしゃな芸も。つつしみ深さも。他妃たひを立てる謙虚さも。優しさも、いろいろと。


 それ以上など望んではならない。以上を望めば待っているのは落とし穴。通じる先は地獄かもしれないのに。だから、望んではいけない。身の丈にあって望み、習得する。


 そういうのはきっと難しい見極めになる。その手のことはそれこそ人生経験豊富であってかつ、女人にょにんとしての徳を積んだひとに訊ねてみるべき事柄。けっして私じゃない。


「殿下は狩猟しゅりょう野蛮やばん、だとでも?」


「いいえ」


「では、凛鈴様はなにをご懸念けねんですか」


「……私のような粗暴そぼうさは妃らしからぬと」


「ふふ、耳が痛いですね」


「静様?」


「あなたより私の方が粗暴では格上です。なにしろ殿下の為ならばと戦の場にも参じて敵兵を感慨かんがいもなくあやめてしまえるほどですし、その時の言葉など汚くて引きますよ?」


 この時、凛鈴妃がした顔は結構というかかなり印象的だった。ほうけたような安堵あんどしたような、なんとなく肩に乗っていたおもりが外れたようでくすくす楽しそうに笑っている。


 しばらくも笑っていた凛鈴妃だが、私が庭の先というか入口の辺りに視線を投げたのを合図に咳払いして姿勢を正した。まだ約束の時間まであるのにみんな律儀りちぎでまじめ。


 どこぞのきつねに爪のあかをわけてもらえないものだろうか。混ぜて調合して煮だし飲ませてやれば多少なり効果があるかもしれ。……ま、やる時はきちんとする女だしいっか。


 ってので一応落ち着いた私が立ち、凛鈴妃が続こうとしたが私は手で制止して座っていていい、と示した。一番に待ちあわせ場所に来てくれたのと主催しゅさいが出迎えるのがすじで凛鈴妃はあくまで私のお客さんだ。彼女まで出迎えることないとの意図を汲んで頷いた。


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