一六九話 化粧が武装、ってこういうことか


 うっかり拍手しそうだが、さすがに次に突っ込みかねない茶器ちゃきるいを乗せたたくによろける前にユエ派遣はけんしてやった。月は笑いたいのを必死我慢している模様もよう意地悪いじわるの宿命。


 もうアレだ。宿命とくくってやっていいあのきつねに関しては。意地悪根性がみつきまくっているんだから。笑わないのはおおいなるお義理、というやつになるであろうよ。


「す、すみません」


「よいが、ぬしはそこに近づくでない」


「あい。そうします」


 ぐすん。はなをすする音がした気もするけど気のせいにしておいて、と。私は凛鈴リンレイをもう少し観察してみることにした。……はあ、本当に美人さんだ。キリリと鋭利えいりな形に整えられた眉。少々過剰かじょうな目の化粧けしょうは砂などが入らない為かな。が、それがまた美しい。


 亜麻あま色の髪に翡翠ひすいの瞳。綺麗な鼻梁びりょう。唇のふっくら感も絶妙で化粧上手じょうずなご様子。


 べにの色ひとつとってもこの薄暗うすくらがりであれ、美貌びぼうが輝くようで眩しくてならない。


 化粧ができない身としてはうらやましい限り。ただないものねだりなような。でも、羨ましいという気持ちが強いかも。だって化粧を武装ぶそう女人にょにんは戦う、とすらされるのだぞ?


 そう、桜綾ヨウリン様が熟読じゅくどくするようにと教えてくれた恋愛の小説には書いてあったもの。


 それくらい化粧の上手下手へたは女としての技量の上下関係にすら響くし、殿方に甘えるには化粧で普段と違う姿を見せてみせることも必須ひっす、と。まあ、鵜呑うのみにはしないが。


 しないけど、でも、こういうふうに他の女性でしかも殿下が選んだ女性を見るとこういう例えがでてくるのがまずおかしいだろうが、その、丸腰まるごし戦場いくさばに突っ立っている?


 などと感じてきてしまう。だって、これって最大の武器ぶきじゃないか。化けるとはよくぞ言ったものだ。本当にこれなら、あのどこぞの廃妃はいひになったアホ女とは違って武器。


 化粧という武具ぶぐで完璧に整えられた美姿びしの情報は完全武装できていますの合図だ。


 それで、殿下が彼女に贈ったのはどうやら腕輪らしい。なるほど。狩猟しゅりょうを得意とする彼女なら首飾りも耳飾りも狩りの道具などに引っかかって邪魔になるという配慮はいりょかも。


 腕輪ならば多少は、ってのも私の素人しろうと考えにすぎないがそれでも贈られた品を凛鈴妃は大事に扱っている様子。嵌め込まれた翠玉エメラルドがのぼりだした月光げっこうもっきらめいている。


 毎日みがいているからか、保管ほかん丁重ていちょうだからか。はたまた両方か。どうやら彼女は殿下に選んでもらえたことを誇っているようでよかった。殿下名簿に親のごり押しで見合いしたひとがひとりいる、とのことだったので、入内じゅだいがいやなら無理強むりじいできないからと。


 そのきさきは親が一緒についてきたのかそのごり押しさんの前で本当に後宮こうきゅうに入りたいか訊くわけにもいかなかった。だからか、この顔あわせでこっそり真意を探ってほしい。


 そんな感じの内容が添えてあった。ただし、私が自分で見抜け方式で名簿の後ろにちょいとつけ加えの情報で記されていた。……殿下の首を絞めたくなったのは、内緒だ。


 こっちもたいがい忙しいんだけど、殿下? と、こっそり呪詛じゅそを送っておいたのも内緒だったら内緒なのである。殿下の多忙たぼうに比べれば私のなど可愛いものだよな、うん。


 そのように思っておかないと本当にちょっとしたきっかけで以て爆発したら殿下を后妃こうひ候補が絞殺こうさつ未遂事件、なんてものが発生しかねない。でも大丈夫。殺しても九割だ。


 なにのどこが大丈夫なのか不明だ、私。一割でも許されないだろうが、と冷静に自分に自分で突っ込みができた瞬間もあったが、名簿を見るたびにいらあ、としてしまうよ。


 しょうがないだろ? でしょ!? 私に謎解なぞときだすひまがあるんだったらとっとと仕事なりなんなりしやがれ、と思ってしまうのは普通の感覚ではありませんでしょうかね。


 なんだ。私の心が狭いとでも言われる? 同じようなことやってみてやろうかー?


「あの」


「? はい、なにか」


ジン様はいつ頃から後宮にいらして」


「夏のさかり頃から、でしょうか。なぜ?」


「いえ。ただ、殿下がとても嬉しそうにあなた様のことを話してくださって。よほどしんが厚くてらっしゃるのだなあ、と。だから、おそばに控えられて長いのかと思いまして」


 殿下、のろけるならせめて月の前だけでお願いしたいんですが。なにを他の妃の前で私の、他の女の話なんぞしているんですか。当てつけだと思われたらどうすんのさ!?


 これ、世間せけん一般論でいけば相当そうとう面白くない話題だったんじゃないでしょうか。っつーか絶対面白くもおかしくもない以前に不快感を抱いても不思議じゃないことないかな?


 私、以前の、殿下に知りあう前の私だったら鼻で笑ってだからなんだ、と一蹴いっしゅうしただろうが、今現在となっては殿下に釣りあいたいし、似合いになりたい程度には、好き。


 だからもし、私が凛鈴妃の立場だったら私という女と会っているのに他の女の話で楽しそうに嬉しそうにする男なんて、と思ったかもしれない。そう考えると大人おとなだなあ。


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