一六八話 一番に来てくれたのは……


凛鈴リンレイ様、凛鈴様が一番乗りですねっ」


「……」


「まったく、貴妃きひを一番にするなんて。他のきさきたちは遠慮や配慮がないということ」


「いいえ」


「はい?」


 元気な声が聞こえてきた。それによって相手が誰かも知れた。凛鈴が一番、四夫人しふじん候補の中では一番に庭に来てくれたようだ。そして、私にも鋭敏えいびんに気づいた様子だね。


 座ったままいるのは失礼なので私は席から立ちあがり、円扇えんせんかかげたまま軽く会釈えしゃくして手で席を示してみせた。ら、お相手――凛鈴妃も会釈を返してさっと席に移動した。


 そして、彼女についてきた元気な侍女じじょがようやく私に気がついたようで自身の大きな声をじてか、口をばっと覆っておろおろしはじめた。なんか、忙しい侍女さんだな。


 そのさまはなんとなく愛らしい小動物。だと思ったが口にはしないでおいてあげた。


 小柄こがらだし、気にしていたら可哀想だ。


「お招きのほどありがたく存じます、ジン様」


「ジ、静、様っ!? え、后妃こうひのっ?」


春香チュンシャン、静かにして。せっかくの夜よ」


「あっ、も申し訳ありましぇ、ふ……っ!」


 噛んだ。急いで謝ろうとしたのはわかるが、勢い余って舌を噛んでしまった様子。えーっと春香、と呼ばれた侍女は凛鈴妃のあきれたような眼差まなざしと私の無言にちぢこまった。


 私は苦笑いするしかない。と、聞きめたようで凛鈴妃が若干申し訳なさそうに私へ頭をさげてきた。いや、なってないとかそういう感想からくる苦笑ではないのだけど?


「にぎやかせて申し訳ありません。まだ慣れぬ者故、寛大かんだい御心おこころでお許しください」


一向いっこうに構いませんよ、凛鈴様」


「そうですね、お許しいただけるとは毛頭もうとう思っておりませ……え? あの、い、今」


「構いません。他の妃もまだですし、茶会ちゃかい最中さいちゅうというわけでもありませんのに今から気を張り詰めてどうしましょうか。楽になさってください。それと改めて贈答ぞうとうの礼を」


「え、で、ですが……」


「誰もが慣れている者ばかりではありません。私自身も場慣れているわけでもなし。その私がどうしてとがめる真似などできましょう? それより、アレらはよい品々でした」


 アレ、みやの侍女たちは「えええっ」という反応だったが私としては服だの装飾そうしょく品だのよりよほど気が利いていてありがたい品ばかりだった。ちなみに殿下には言ってない。


 おそらくもなく、うちの侍女たちと同じような反応をなさるだろうから。それでいかられても私が困る。ここ重要。あのひとなだめるの一苦労なんだ。だから言っていないし、今後の話題にあげるとしたら指摘してきされた時だ。応接間の鹿皮しかがわをどこで? と問われたら。


 そうでもなけりゃあ、誰があのちょっと思い込みと思いやりがすぎる殿下に言うもんですか。四夫人として入内じゅだいなされた妃がなまの動物を贈ってきてくれて~、云々などと。


 絶対に勘違いして、処罰だの処分だの言いだすに決まっているんだから。仕方がないくらい困った方だ。困りまくるほどに愛が重いよ、殿下。だから、胸に秘めているさ。


 凛鈴妃は私の感謝を聞いてぽかん、と少しだけほうけたがすぐはにかむよう笑った。ふむふむ、これは、こちらが本音というか本心というか、素なんだろうなあ。いい笑顔。


 そして、超絶ちょうぜつ美人! これも重要というか最重要だろうがおいちょっと殿下コラ!


 なにが、どうして私が后妃なんだろう? わけクソわからんくらい凛鈴妃は名の通りうるわしいだけでなくてこう、雰囲気ふんいき凛々りりしい。まさに遊牧民族ゆうぼくみんぞくの中、騎馬きば鷹匠たかしょうに通じる芸にけた妃。あの獣衆けものしゅうも凛鈴妃が自ら仕留めて締めたのか。……おそらくそうだな。


 だって、後宮こうきゅうでこれから暮らそうというのに侍女もそんな特技とくぎを持っていたらびっくりだ。いや、あの春香というコはちょっとそういうのでおぎなわないとアレかもしれんが。


 だって、先から見ているだけでもお間抜け連発というちょいと残念なありさまだ。


 私が先に、最も先に来ていたことに気づかず大声で騒いで挙句あげく舌を噛み、その先はなんというかその手のごうかなにか背負しょっているのか、ってくらい残念が素晴らしいです。


 まず、私の背で待機たいきユエを見て自分も凛鈴妃の背で待機しよう、としたのはいいが地面の石に蹴躓けつまずいて顔面から地面にこんばんはとご挨拶。立ちあがろうとして自らの裾をんづけて転倒てんとう。今度は四阿あずまやの壁に頭突きをかましてしまった。……なんか、憐れだな。


 ここまでくるとちょっと同情が湧く。それとももしかして計算、か? あるじがしっかり者に見えるようにえてころんだり、間抜けた痴態ちたい披露ひろうしている? ……いい根性だ。


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