一六七話 考え事の方向を変えよう


 恐ろしいくらい平等で公平な罰だ。自助努力じじょどりょく好評こうひょうを取り戻した上、自らの胃も自分たちの力で満たせ。だなんて、すっきりするなんてそんなことはけっしてないが納得。


 他力本願たりきほんがんだったてめえらの罪を問われないだけありがたく思うべきだが、あいつらのことだから皇帝こうてい陛下は民を見捨てる気だ! だのと騒ぐつもりだろうな。……てゆうか自分たちで鬼のうわさを流したのか? そうしたらむら窮状きゅうじょうに私が戻ってくるとでも考えた?


 おい、どこまで能天気なんだ。そんな「皇帝に見捨てられた可哀想な民」を熱演ねつえんしたいのかなんなのか知らんが、私が戻る、後宮こうきゅうに入っていなくても戻るなんてありえん。


 てめえらの腐ったおこないを私が許してやるとでも思ったのかよ。ありえねえよ。んな甘っちょろい話があってたまるかってんだ。そろいも揃って無能むのうきわみ共が、気持ち悪いな。


 どこまで私を追いかけてくる気だ。かげで影としててっしろみたく言っていやがったクセちょっとしたきつねの「悪戯いたずら」で私を陽向ひなたに追いだしたというのに、いまさら救え、だと?


 そう、救え。助けてください、じゃない。どこまでも私を下に見た態度と言動だ。


 元々あの邑の出身である私に亀装鋼キソウコウ迎撃げいげきめいがくだるのはある程度確実だろうな。殿下も前回の戦があんまりにもあんまりだったから意見できる状態じゃないと思うしさ。


 皇帝陛下は、燕春エンシュン様は厳しいひとだが、冷酷じゃない。私ひとりで、とは言われないから目付めつけ役をお与えになる筈だ。私が、邑をわざと焼かせるのをいさめられる、ひとを。


「月、茶の準備頼む」


「……言われずとも今のぬしにさせられぬ」


「そう。――ありがとう」


「礼には及ばぬ。ぬしはわらわの主人ぢゃろ?」


 そう、だけどそれだけではないくらい感謝しているんだ、ユエ。私の複雑な心境をおもんぱかってくれるてめえに救われる。いつもそうだ、この狐は意地悪いじわるしつつ助けてくれるのだ。


 以前、皇后こうごう陛下主催しゅさい茶会ちゃかいつどった四阿あずまやと違って少し開放的な造形ぞうけいになっているここは仕切りばしらがなく、侍女じじょたちは主人のすぐ隣ではべることも、背で待機たいきすることも可能。


 きさきたちもそれぞれ対面に他妃たひを見つつ、少し視線をずらせば奥に腰をおろす私を見ることができる、という感じ。四阿、と書いているがちょうど形状は五角形に似ている。


 ちなみに、月がれる茶の味は絶妙に微妙だが、用意されたモノを茶器ちゃきから注ぐだけなので狐も引き受けた、というところ。温め直すのにもちょうど小振りな火鉢ひばちがある。


 直接、火にかけても大丈夫な茶器を用意されているので火鉢にかけて中を少し確認するだけの軽作業だ。まあ、茶器の中身がどういう状態か、くらいは私がすぐ察せるし、過剰かじょうに構える必要はあるまい。茶器はひとつ、大きなものを用意してもらったし、もし。


 もしも心配ならば、と侍女が先に飲んでみられるように毒味どくみの茶碗も各みやの数だけ用意している。ひとつの宮につき、ひとつだけだけれど。誰が飲んでも毒なら毒だしな。


 茶けも好みがわからないので食事系のものと甘味かんみを用意してもらった。私にとっては少し濃い味のものだが、秋の肌寒はだざむい夜に誘っておいてうすらぼけた味の茶請けなんて。


 ま、夕餉ゆうげのあとだしそんなにがっついて食べないとは思う。殿下名簿によるとみな殿下との面談で緊張し、適当にださせた軽くまめるものにも手をつけなかったとある。


 つつしみ深いのか、緊張が濃いのか。よくわからないが一応、この場で本音をだしてくれたら僥倖ぎょうこうだ。殿下が節穴ふしあなだのと言っているわけではないが、猫かぶりも疲れるだろう。


 本音でぶつかっても大丈夫な相手。それが私でありたい。殿下の前で猫かぶろうと私はその誰かの本性ほんしょうとかいうのを報告する気もない。お好きにどうぞ。ちょうなど取ったもん勝ちの世界に、そういう後宮ばしょにいるんだ。遠慮している場合ではないから暴れるの結構。


 ただし、私も含めた他の妃やらに迷惑や損害を与えないではいてもらいたいもの。


 私はいわば中立ちゅうりつの場にいて、いざとなれば仲裁ちゅうさいに入れるくらいをもらった者としてるのだし。それが后妃こうひ候補、ともくされる者の当然の務め。私は殿下の安寧あんねいの為に働くのみ。


 そうこう思考遊びをしていると火鉢の準備をしていた月が急にかしこまって私の背へと避けてきたので私も円扇えんせん越しに庭に響いてきた沓音くつおとを見つめた。ひそめられた足音。


 ただし、それは警戒けいかいすべきひそめる、ではない。ずっと大雑把おおざっぱで女性らしさなど後宮に入ってはじめて求められた私と違って彼女たちは生まれた時、根っこから「女」だ。


 そういうことだ。私のように堂々と歩く者の方が珍しい、しとやかな足運びの、音。


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