一六五話 北の奥にある村落、って


 怖いね、切れ者っていう人種は。あ、いや、別にうちの殿下が単純だとか、うっかり乗せられやすすぎちょろ野郎だのというひどいことは一瞬浮かんだが熟考じゅこうしていない。


 でも、そんなちょっと間抜けたところがご愛嬌あいきょうというか殿下の人間臭さだと私は考えているし、完璧かんぺきな人間なんていない。だからこそこうして協力しあうべき生き物、だ。


 ……。てか、ちょ、と待て。北? 北の村落そんらくというと集落しゅうらくむらということで。それってつまり「あの場所」が標的に含まれる可能性もあるってことか。や、別に思い入れもないのでどうなろうが私は構わない。知ったことじゃない。てか、むしろほろべ、とすら。


「そうそう、少し前、一年ちょっとかな? その標的ひょうてき予定の邑には鬼が住んでいて邑のしゅうに特別な水をめぐむ代わりに通年つうねんにえを要求しただの、実りを供出きょうしゅつさせただのだって」


「……」


「もうその鬼は住んでいないらしいってことだったけどつねに新しい式の獲得に余念よねんがない亀装鋼キソウコウだからね。鬼がいれば支配地しはいち拡張かくちょうでいなければいないで焼き討ち程度かな」


 なにその情報。鬼が住んでいた邑、ってもう確実にそうじゃないか。私が産声うぶごえをあげて即行捨てられ、ハオに救われて生き延び、暮らしていた邑。つか、恵みやるよ、なんて言った覚え一個もない。「寄越よこせ」と暴行ぼうこうされただけだし。贄も実りも望んだことない。


 私を、あの邑のクソ共と一緒にするな、と鬼のうわさを流した誰かを怒鳴どなりつけたい。


 私は、なにも望んじゃいなかった。望むにあたいしない存在だ、と言われ続けていたところへひょんなことでユエを見つけ、拾って、かばわれて、はじめて、やっと自由になった。


 あんのクソ邑のアホ共、滅ぶなら勝手に滅べ! と言いたいところだが、私はもうこの国では要人ようじんの一種にあがってしまった。後宮こうきゅうきさき候補に。そして禁軍きんぐん特務とくむ隊長に。


 だから、私の一存いちぞん私怨しえんでそんなことは、情報の握り潰しはできない。それに他国の皇太子こうたいしが危険をおかしてわざに報せてくれたのだ。かさない、というのは裏切り行為。


 いまさらこの国を捨てる真似、殿下を裏切る真似、できっこない。クッソむかつくが必ず確実に報せないとならない。私が円扇えんせんの陰でひとつ首を縦に振ったのが見えたか。


「じゃ、嵐燦ランサンに伝言よろしくね」


 そこまでだった。我慢がまん限界もう辛抱しんぼうならんっつーようなすさまじい苛烈かれつ、というか烈火れっかごとき表情で月がしきを、紙切れを炎上させたが、炎が小さかったのは精一杯の理性。


 四阿あずまやに置かれている机の陰に隠れていた然樹ネンシュウ皇太子の紙しきがぽん、と燃えて消えて焦げ跡を残したはそうだが、この程度で済んでよかった方だ。なぜか月は彼が好ましくないらしいし。多分、同じような切れ者で知恵者であるから思考回路が似てて……キモい?


 この狐でもいらつくことがあるんだなあ、と発見した瞬間であったが切り替えよう。


 ちょうどよく庭園ていえん秋穹チューチィォン茶会ちゃかいにだす品を持ってきてくれたところだったからだ。


 茶会、という顔あわせを乗り切ったらだなんて悠長ゆうちょうこかずに私は月が寄越してくれた木簡もっかんに殿下あてふみを書いて秋穹に持たせ、茶の道具一式と茶け類を預かって送った。


 早くいってくれ、とばかりの私に秋穹は「?」と不思議そうな顔だったが宛を聞いてちょっと勘違いしているようだが、それでも笑顔で駆けていってくれたので、いっか。


「腹立たしいのう」


「そう荒ぶるなよ、月。らしくない」


「むしろ、なぜぬしは平気なのぢゃ?」


「……いろいろ思うところはあるが利用できるものは最大限利用してこそだから?」


 私の返しに月は途端、きょを衝かれたような表情となってしまった。さっくりと言いすぎただろうか。どうでもいいけど。月が間抜けづらしようがどうしようが関係ないしな。


 あとそれよりは亀装鋼のきなくささが重要項。泉宝センホウとのごたごたが片づいたと思ったら今度はそっちですか状態だが、今度のいくさはちょっと心配だ。相手は式持ちを数多く保持ほじする国。当然、練度れんどは言わずもがなであろう。ともすれば、今度の邑襲撃をどうするか。


 情報なんて入っていない、というのをつらぬいて無視するのも手としてはありかもしれないが、そうしたら然樹皇太子が「無下にしてくれるねえ」とかってねちねち言いそう。


 彼としてはきゅうを報せるのにわざわざ後宮こうきゅうの私宛で式を飛ばしてきたんだ。その手間を考えれば無視は少し可哀想、だな。――と、いうのが甘い考えなのかもしれないけど。


 本心は無視してしまいたい。が、然樹皇太子の面目めんぼくが、なんて考えちゃうからな。


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