一六四話 約束の庭に、思いもよらぬ「客」


殺風景さっぷうけいな庭ぢゃのう」


「だからいいんだよ」


「ふふ、いきなことよの。宝石を纏ったきさきたちでれた庭をいろどろうということかえ?」


 まったく、毎度毎度こいつは鋭くさといこって。いっそのことこいつが人間で性格になんがなければ私は余裕で后妃こうひの座を譲るんだが。絶っ対、当狐とうこが拒絶するだろうしなあ。


 それに殿下も。彼は目がえているし、ユエのような性質たちの女は好まれない。それなのになんでなにが事故じこって私を后妃に据えると我儘わがままこいたのか今になってなお意味不明。


 殿下、本当に不可解な御方おかただ、と思いながら枯れた庭園ていえん最奥部さいおうぶにある四阿あずまやへと向かった。円扇えんせんの陰にある顔はどういう表情をしていることやら。我なが……え? はい?


 えー。赤い残照ざんしょうが消えゆく刻限こくげん。まだ指定のときにはだいぶ早い、早すぎるし、人気ひとけはない。当たり前に。ただひとつ問題をあげるとするのなら、まねいていない声がひとつ。


「やあ、それが後宮こうきゅうでの君かな、水花スイファ?」


「……ええっとー」


「それにしてもずいぶん豪勢ごうせい意匠デザインだね。嵐燦ランサンが特注により文句つけて発注をかけたのかな、ね? でも、そうなると君はただの妃じゃなくて后妃候補だったってことかあ」


「なにをしておるんぢゃ、ジ」


 ン、まで言い終わらず私が見る先を見た月の表情が氷点下ひょうてんかの笑顔になった。こわっ!


 月の笑顔に「面倒臭い。ぶっころ」なる色が浮かんだがここでそれはまずい。いかに月が結界けっかいをある程度張っていようとこんな場所であやかしの力を発揮はっきされては困るのだ。


 ま、まあ、殺すといっても紙のしき焼却しょうきゃくするだけ。ただし、現状ここは後宮であやかしと無縁隔絶かくぜつされた場所なのだ。なのにあやかしが、それも高位こうい天狐てんこがいると知れてはまずすぎる。ここは平穏へいおんに話しあいで解決を、と思って私は月を押しどけて立たせる。


 見張りやくだ。だってこの現状もまずい。元敵国、泉宝センホウ皇太子こうたいし然樹ネンシュウがまた式を飛ばしてきたばかりか妃たちがもうすぐ集まる庭に来ているってどういうことだよ、だろ!?


 たい式の結界は禁軍きんぐん内でも数少ない術師じゅつし系のへいに月から伝授され、「びっしばしにきたえてやったわ」とかってこのきつね自慢じまんこいていたのだ。おこたったとは思えないんだが……。


「なにか用事か、私はこれからいそがし」


「へえ。否定しないんだ?」


肯定こうていもしないけどな。がらじゃねえだろ」


「ふふ、やっぱり君との対話は楽しいね。ちょっとした問題を伝えたいと思って秘密の抜け穴を使ったんだ。ああ、先に言っておくけど今後も使いたいからさ、教えないよ」


「それは私でなく殿下に宣言しろ。で?」


 相手の、然樹いわく秘密の抜け穴とやらの存在はなにかことが起こったなら殿下に伝えよう。それまでは「うっかり」聞き落としたことにさせていただこう。私の方は一応。


 相手が売ろうとしている情報も気になる。殿下の方に式を飛ばさなかった理由。手間をかけて私の方へ寄越したわけがある筈だ。そいつは探っておかねばならないだろう。


 私が催促さいそくの言葉をかけると然樹皇太子はくすくす笑って簡単に教えてきてくれた。


亀装鋼キソウコウが動いているみたいだよ。で、近く天琳テンレイの亀装鋼寄りの村落そんらくに襲撃があるかもしれないらしいんだ。悪いけど、僕が馴染なじみの商人あきんどから聞きだせたのはこれだけかな」


「ふうん。亀装鋼の位置が不明なんだが」


「あは、甘え上手じょうずだねえ。北だよ。あそこは玄武げんぶを神とあがめる国だからね。東西南北に神獣しんじゅうがいる話は知っているでしょう? 玄武、かめが守るのが北だから北方ほっぽう奥の土地を古くから自分たちがおさめるに相応ふさわしい、とかうたっているんだ。どう、気持ち悪いでしょ?」


 ……。一部に聞き捨てならない単語が混ざったような気がしなくもないが、無視しようっと。きっと幻聴げんちょうだ。私が甘え上手だったら講師役の三妃さんひ様方は頭抱えないで済む。


 てか、どこに私が甘えた点があったと思えるんだろう、こいつ。こう言っちゃ悪いがてめえの方が気持ち悪いって思っちゃうのは私だけではない、と信じているぞ。うん。


 あとで殿下に報告ついでに訊いてみよう。てか、さ。これだけの情報を受け渡す為になにを考えて私へ……ああ、式を尾行びこうされた際の保険ほけんか。皇宮こうぐうへ向かえば式持ちが多いとされる亀装鋼の密偵みっていかなにかが撃墜げきついする。でも、後宮に向かったら? 覗き、で済む。


 つまり、その然樹が贔屓ひいきにしている商人か、然樹自身がすでに敵方てきかたに目をつけられているということだ。だから多少の手間を取ってでもこうして私のもとへ情報を流したか。


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