いざ、四夫人との茶会へ

一六三話 夕餉を終えてある意味出陣


「ご馳走様でした、と」


ジン様、もう、よろしいのですか?」


「ん。このあと茶会ちゃかいがあるしな。みんなは、特に芽衣ヤーイーは育ちざかりだ。おかわりしな」


「静様、もう少しお肉をつけられた方が」


「肉はなぜか筋肉になっちゃうんだ。たくさん食べて肉がちちにつくなら頑張るけど」


 現実は違う。なぜか、筋力の補強ほきょう鍛練たんれんを積んでいるでもないのにどういうわけか筋肉がつく。はてさ。ハオが心配しているんだろうか、脆弱ぜいじゃくな人間の女の体が壊れないかと。


 心配の方向性が違うよ、浩。あなたは私をどこにみちびこうとしているんだよ。ねえ?


 もうちょっとこう、なんていうかさ。女らしいせんが欲しいんだけど、せめて。色目いろめが使いこなせるように、達人たつじんになれるその日までは。殿下を誘惑ゆうわく、なんてのは無理だが。


 私が上目遣うわめづかいするとどうしても睨み利かせているようになるらしくってユエが大爆笑してくれやがった。「下から必死に白目見せて睨んでおるわえ。ほほほーっ」とかって。


 うるせえ、バカ。こちとら必死で習った通りに頑張っているというのに努力を笑うな笑い飛ばすなっ! 私だって傷つくんだぞ!? ったく、こんなので后妃こうひとか冗談じょうだんか。


 いっそ冗談だった、と今からでもいいからくらいをさげてくれ、殿下。昼間の雪梅シュエメイ美貌びぼうだけで私もう、負けた気分だ。アレで賢妃けんひというのは、ちょっとどころかおおいに泣きたくなるんですけど。他の四夫人しふじんたちの美貌びぼう色香いろかのほどに殴られないよう注意しよ。


 四夫人の序列じょれつ曖昧あいまいな国も多いそうだ。ただこと天琳テンレイにおいては皇后こうごう後宮こうきゅうあるじで管理者というある意味の王位おういき、いで貴妃きひ淑妃しゅくひ徳妃とくひ、賢妃。となるのが一般。


 この国は徳妃と賢妃の序列がちと曖昧気味にはなっているそうだが、一応位づけとしては先述せんじゅつした感じに決まっているようだ。雪梅妃は控えめで賢妃にうってつけかもな。


 徳を積んだ、というよりは美しく賢くの妃に相応ふさわしい人格と性格だと思われたし。徳妃には南領なんりょうの先、最果さいはての異国いこくに近しくさかいを接する国のお嬢様でこの国にまずいない褐色かっしょくの肌というのを持っている紅楓ホンフェン妃が入る予定だ、と聞いている。色気いろけがすごいとうわさの。


 私が紅楓妃の色気にやられないか、今から心配だがその紅楓妃も顔あわせを心配している様子。顔をあわせる寸前まで面紗めんしゃをかぶっていたい、と要望ようぼうが届いているからだ。


 他の部分は着衣ちゃくいや手袋などで隠せても顔はかぶりものか、円扇えんせんのような装身具そうしんぐを使わねば隠せないもんなあ。気持ちはよくわかるので願いの文に「構いません」と返した。


 誰しもあの昼間の蒼蘭ソウランみたく自分の顔が一番綺麗であり、知識もずば抜けているとは思っていない。謙虚けんきょに、謙遜けんそんしてみせる。本心本音で話さないのが女という生き物だ。


 そう思うとあの女はつくづく残念すぎてじつは狙っていたんですか? と訊きたくなってしまう、というもの。もう訊きようがないのだけど。とっくの昔に追放されている。


 雪梅妃の一応侍女頭じじょがしらだったようだが、すぐに後任こうにんが見つかったそうで今夜の茶会に付き添いで来るらしい。他のきさきたちもひとりずつ側付そばつきを連れて参加する。私も月を――。


「月、いつまで食っている?」


わらわとて疲れておるんぢゃ~」


「……なににだよ」


「女として残念きわめたぬしが主人では気苦労も多いと気づいておるのう? 静や?」


 月の発言に他の侍女たちは「なんということを」と声をあららげたが私はぐう、と押し黙るというか黙らされてしまう。ぐうのはでるが、だせない。だって当たっている。


 上目遣いが半白目の睨みになっちゃう時点で女の技量レベルというのは底辺突き破っているとしか思えない。他の女性なら普通に呼吸に等しい感覚でできる技だというのに、だ。


 これをまずい、危ない、ダメ女だ。と思わない、思えないというのは問題だろう。


 それなんて自信家もしくは自惚れ屋ナルシストだって話になっちゃうだろが。そうだろうよ?


 ダメすぎて自分でも泣きたくなるさ、私だってというか私こそが最も気苦労抱えているともよ。こんなので后妃だなんだと宣言している殿下のこと節穴ふしあなだとか言われないか心配だっつーの。こればかりは仕方がないで通らない。仕方ないんだが。だって、ねえ?


 あんな腐ったむらであばらに追いやられてどうやっておしとやかに優しくれる? どういう奇跡きせきで作法に明るくて綺麗な言葉や挙措きょそを携えられるというつもりだって話な。


 はあーあ。自分で発案はつあんしたのに気が重い。これから殿下が独断どくだん偏見へんけん(……かもしれない)で選んだ妃全員と顔をあわせる。が暮れる。残照ざんしょうがあるうちに私は支度終了。


 遅れて月も支度を軽く整え、私の髪飾りを一瞥いちべつしてふふり、と微笑んだ。そう、髪飾りを今日はつけていく。四夫人たちにもお願いしておいた。入内じゅだいに際し殿下が特注した品を身につけてきてください、と。それの意匠デザインでおたがいに名と妃嬪ひひんの位を覚えてもらう。


 顔あわせだが、これから殿下のちょうきそう敵だから、という意図ではなく殿下が心安らいで眺められる花園はなぞのに相応しい花として選ばれた者同士、努力を積みましょうの会だ。


 ま、敵対意識を持つ者がいてもそれはそれで仕方がない、っつーか当たり前にいるのが普通の後宮であろうとされている。美しく、醜い女たちの思惑おもわく瘴気しょうきが渦巻く箱庭はこにわ


 中には親の権力欲けんりょくよくされた妃もいる、という話ではあるが実際はわからない。後宮に娘を入れる。嫁入よめいりさせる。ということは同時にしちを取られるに同義。欲をだしすぎれば可愛い娘に危害きがいが及ぶ、という皇族こうぞく側からの脅しにもなる。危険リスク見返リターン天秤てんびん縮図。


 その際たるものが後宮。ここは女たちが次代じだい皇帝こうていを産む場であるだけでなく、まつりごと一端いったんになところでもある。皇帝にとって害があるかないか、国の母に相応しいかをはかり、ふるいにかけて勝ち残ったほんの一握りが殿下の子をすお役目を頂戴ちょうだいできる。むずかし。


 馬車に乗り込みながらいまさら、本当にいまさらだったが私なんかが后妃で本当にいいのかはなはだ疑問だ。疑問しかない、とも言う。私は市井しせいのことにすらうと田舎いなか娘だぞ?


 なのに、なあ。とは思ったが、ここまで来て足を退くのは女の度胸に関わる。度胸と根性と努力の積み重ねが結晶としてそのひとをいろどる本当の宝石になる。そう思うから。


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